散歩/江戸風情を探す散歩ルート

大久保利通の暗殺現場、紀尾井坂を歩く(3ページ目)

現在放送されているNHK大河ドラマ「篤姫」にも登場する大久保利通が明治11年に暗殺された現場を歩く。紀尾井坂から清水谷公園、そして大久保の自宅があった霞が関までの散歩。

増田 剛己

執筆者:増田 剛己

散歩ガイド

 

紀尾井町通りの八重桜

清水谷公園にはソメイヨシノもあったが、八重桜のほうがたくさん咲いていた。この通りを紀尾井町通りといって、紀尾井坂方面へゆるやかにのぼっている。
 
ソメイヨシノの花が終わったあと4月の半ばごろから開花し、長い期間咲き続ける

清水谷公園の前の道を紀尾井町通りといい、八重桜がたくさん植えられている


暗殺現場から、大久保の家をめざしてみよう。紀尾井町通りの先は弁慶濠があり。その東端にかつての赤坂見附があった。見附とはかつての江戸城の周辺につくられた門のこと。赤坂見附を通れば近道だが大久保はここを通らず迂回した。諸説あるが、当時は人通りが多かったので、避けたらしい。

 

茱萸坂を馬車は進む

国会議事堂の南側にある茱萸(ぐみ)坂を大久保が乗った馬車は通り過ぎていく。
 
東は大久保の家があった潮見坂から、西は総理官邸まで続いている

国会議事堂の南側にある坂。かつてこの通りの両側の茱萸の樹が植えられていたからこの名前がついたそうだ


馬車のなかで大久保は暗殺時にいつも隠し持っていた西郷の手紙を読んでいたともいわれている。大久保は裏霞ヶ関に洋館を建て、そこに家族とともに住んでいた。洋装で西洋風の暮らしをしていたとも伝えられる。
 

実に静かな三年坂

今は文部科学省と財務省の間の坂である三年坂。さらに大久保の邸宅は潮見坂沿いでもあった。
 
転ばないように気をつけて歩いた

この坂で転ぶと3年以内に死ぬという言い伝えがあった三年坂



かつて大久保利通邸があったあたりを歩いてみた。実に静かだ。三年坂をくだって桜田通りに出た。外務省の前あたりで右翼の街宣車の拡声器の声が聞こえる。僕はゆっくりと霞ヶ関駅への階段をくだった。
 

<関連リンク>
「維新ふるさと館」で薩摩の歴史や幕末の偉人を学ぼう
大河ドラマ『西郷どん』の聖地を歩く!~東京編~

 
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