散歩/和む散歩ルート

市ヶ谷橋から飯田橋を経て水道橋の橋散歩(3ページ目)

河岸というのは、物資輸送のため水際につくられた荷揚場のことである。江戸時代、川は物資輸送のかなりに部分を占めていた。というわけで、外堀、神田川の河岸を見ながら歩いてみた。

増田 剛己

執筆者:増田 剛己

散歩ガイド


市兵衛河岸を歩く

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昔は小石川橋、今は後楽橋を渡る人が多い。
神田川沿いの道を歩いていると文京区が建てている「旧町名」の看板がやたらとあることに気づかされる。
川の北側、東京ドームの側である。
ここは昭和39年までは「市兵衛河岸(いちべいかし)」と呼ばれていたそうだ。
前述したように河岸(かし)は水上物流の拠点である。
川の両側に名前がついていた。
どちらの河岸に荷揚げするかというのは大きな問題である。
市兵衛河岸の対岸は、分流する江戸川をはさんで飯田河岸、三崎河岸と呼ばれていた。

ゴミの集積船を見つけた

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かつてはゴミではなくさまざまな物資が荷揚げされていた河岸。
このあたりを散歩するのは実に楽しい。橋を渡りながら行ったりきたりできるからだ。
直線距離でいえばたいしたことはないが、こうして歩くとけっこうな距離を歩くことになるだろう。
まずは小石川橋。
かつて後楽園一帯は「東京砲兵工廠(ほうへいこうしょう)」 があった。そのためそこで働く人たちが飯田町駅からこの橋を渡ったと案内板にある。
いまはそれが後楽橋のほうが、人通りが多くなったとも書かれていた。
その後楽橋を見れば、なんとゴミの集積船が停泊しているではないか。
そういえばさっきからひっきりなしにゴミ収集車が川沿いの建物に入っていく。なるほど、今はゴミだが、昔はこうして物資の荷揚げをしていたんだなぁと思いながら見つめていた。川には桜の花びらが流れている。

水道橋駅に到着

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水道橋駅前にあるモニュメント
水道橋というのはまさにこのあたりに上水道が橋となって神田川を越えていて、そこから名前がついたのだそうだ。
古い絵とともに紹介されているが、よく見ないとわからない。
「麺処くるり」を出て2時間が経過していた。普通に歩けば1時間かからない距離だが、橋を渡り、川を眺め、写真を撮っているとそれくらいかかってしまった。



<関連リンク>
麺処くるり / 市ヶ谷 / 味噌ラーメン - livedoor 東京グルメ
船河原町築土神社(堀兼の井戸)
飯田橋
駅の記憶│第15話 飯田橋駅 今、むかし
市兵衛河岸
旅の記録: 江戸城外堀_神田川_小石川橋(小石川見附)
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