古地図で歩く、古典落語「黄金餅」の世界

古今亭志ん生 名演大全集 1
古今亭志ん生(五代目)「古今亭志ん生 名演大全集 1 火焔太鼓/黄金餅/後生うなぎ/どどいつ、小唄」
今回の散歩は、できればCDなどで実際の落語を聴いてから出かけるといいだろう。落語家の古今亭志ん生の十八番、「黄金餅」で語られる江戸の町を歩く。江戸の町を歩くといっても、タイムマシンに乗るわけではない。僕はこの道を歩きたい、と常々言ってきたのだが、すると担当プロデューサーのEくんが、

「増田さん、ちょうどいい企画があるんですよ!」

と教えてくれたのが、Yahoo!JAPANの企画「古地図で東京めぐり」。おお、これは面白い。江戸・明治・現代の東京の地図を重ねて表示したスクロール地図が優れもので、指定した位置の過去と今が対比できるのだ。ほかにも、史実にまつわるスポットを歩くルートの紹介などなど、なかなか読み応えがある。実は散歩者の間でも、古地図の人気は高い。時代とともに姿を変えている町並みを、現代の地図と古地図で見比べながら歩くのは趣深いものだ。

というわけで、古地図を使いながら歩く今回の散歩。舞台となる落語、「黄金餅」という噺はちょっと異色で、ブラックユーモアである。 長屋に住む西念という僧侶はケチで黄金をため込んでいた。その西念は病気にかかってしまう。死を覚悟した西念は、餅に金を包んで全部食べてしまう。これをこっそり見ていたのが隣に住む金兵衛。一計を案じ、長屋の人たちと死体を運ぶ。長屋があったのは下谷の山崎町で、それを麻布の寺まで運ぶのだが、このルートが落語に出てくる。その部分は、こうだ。

わぁわぁ言いながら
下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、
三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出ます。
そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっすぐに、
筋違御門から大通りへ出まして、神田の須田町へ出まして、
石町から鍛冶町へ出まして、
今川橋から本白銀町へ出まして、
石町から室町へ出まして、日本橋を渡りまして、
通り四丁目から中橋に出まして、
南伝馬町から京橋を渡ってまっすぐに新橋を右に切れまして、
土橋から久保町へ出る。新し橋の通りをまっすぐに、
愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けまして、神谷町から飯倉六丁目へ出まして、
坂を上がって飯倉片町、そのころ、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、
麻布の永坂を降りまして、十番へ出まして、大黒坂をあがって一本松から、
麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の木蓮寺へ来たときには
ずいぶんみんなくたびれた。

志ん生はここまで一気に喋り、最後は「私もくたびれた」と笑いを取っている。今回はこのコースを歩くわけだ。
歩いた道中の、古地図を貼っておくので、見比べながら読んでみてほしい。