「映画こそが散歩なんですよ」

『目黒シネマ』支配人、宮久保伸夫さん。映画に対する愛情が会話から伝わってきた情熱家
最近は書店など名画DVDが500円という値段で売られている。先日も「ローマの休日」などを買ってきて、いい時代になったなぁと思った。

そういえば、ネットでもテレビや映画が見れる時代になった。映画は映画館で見なければダメだという人の中には大きなスクリーンでとか音が違うというものがある。これも最近では、自宅シアターのような流れもあって、なかなか説得力を持たなくなってきているような気がする。

ちょっと意地が悪いかと思いながら、支配人の宮久保さんにそんな質問をぶつけてみた。

「それはね、映画館で映画を見るというのは、散歩なんですよ」

あ、いきなり散歩の記事だからって、強引にそんなところに結び付けなくても、と思っていると、案外、説得力がある。

「ほら、映画館で映画を見るというのは、家を出るときから始まっているんですよ。どんな映画を見ようかとかね。それで、家を出るわけですよ。電車に乗るなり、歩くなりして、映画館に着く。そこは自宅ではないわけで、他の人もいるわけで、ちょっとした緊張感もありますよね。それに、終ったらまた家まで帰らなきゃいけない」

あ、と思った。そうなんだ。映画を見たあとの帰り道、もう一回映画の中身を考えながら、家に帰るあの余韻がいいんだよね。ふと歩きながら、あのシーンはよかったなぁなんてね。

宮久保さんにこの「目黒シネマ」の歴史についてうかがってみると、これがまた紆余曲折、映画の歴史そのものである。

スタッフの手作りによるプログラム。映画への愛情がぱっと見ただけでも伝わってくる
以前この場所に2つの映画館があった。1975年(昭和50年)、目黒ライオン座・目黒金龍座としてオープン。東宝洋画チェーンと大蔵映画チェーン作品を上映する映画館だった。昭和50年にこのビルが建て替えられ、今の10階建てビル(目黒西口ビル)となり、名前も「目黒オークラ」になった。ピンク映画3本立てを上映する映画館に変わったのだ。

ちょうど僕が高校生のときである。この時代、古い映画館の多くがピンク映画館に変わっていた時期だ。昭和天皇の在位50周年を記念する日というのがあって、その日は半日休みになった。高校3年生だった僕は、クラスメイトと街のピンク映画館に行ったのを覚えている。そして、ピンク映画そのものも一時のブームでしかなかった。というのもあっという間にビデオデッキが普及したからだ。

そして、今の「目黒シネマ」になり、8年前から宮久保さんが支配人を勤めている。宮久保さんは37歳である。僕が抱くような古い映画のイメージはなく、まったく新しいタイプの人である。

そこは「ニュー・シネマ・パラダイス」の世界

映写室にも案内してもらった。まさにそこは「ニュー・シネマ・パラダイス」の世界だ。

フィルムがくるくると廻っている様子を見ながら僕の中の自分がこれまで見た映画を順番に思い出してみた。実にいい気分、年をとるのも悪くないなと思った。
「目黒シネマ」映写室。まるで「ニュー・シネマ・パラダイス」の世界。ひっきりなしにフィルムが動く