プロ野球再編問題や、独立リーグ誕生などの流れの中、その意義とポジションが問い直される社会人野球。「欽ちゃん球団」などの明るい話題もあったが、人気低迷は続く。社会人野球の再編案を考えてみる。

社会人野球の歴史的経緯


いわゆる実業団野球と呼ばれる、会社の野球チームが続々と誕生したのが大正年間だ。昭和2年には早くも第一回の「都市対抗野球」が開催され、社会人野球団としての形はすでに戦前にはできあがっていた。これに対して、プロ野球は後発であり、誕生当初はその興行的側面から海のものとも山のものともわからないもの、と見なされていた。

そして戦後すぐの昭和24年に「日本社会人野球協会」が発足し、現在の社会人野球をつかさどる「日本野球連盟」の流れへと繋がった。発足当初の参加チームは300強。日本の高度成長とともに、企業がコーポレートアイデンティティの一環として野球チームを持つ傾向が加速し、全盛期の昭和30年代後半には、企業チームの比率が全体の4分の3ほどを占めた。

同じ頃、ONらのスター登場で人気を博していったプロ野球に対し、社会人野球には長く「ノンプロ」という呼称が与えられた。これは極めて日本的な話で、社会人野球の有力選手は主にそれで生計を立てる「実質プロ選手」であるにもかかわらず、「プロ野球とは違う」という意味で用いられていたのだ。限りなくプロに近いアマチュア、そしてプロ野球とは断絶したリーグ、というのがこの頃から形成された社会人野球の姿である。

最近の動き


バブル崩壊後に顕著なのは、企業チームの現象とクラブチームの増加だ。日本野球連盟への加入チーム数こそ大きな変化はないが、最盛期と比較すると、企業チームとクラブチームの比率が完全に逆転したのだ。「アマチュア社会人による野球チーム」という本来的な社会人野球の姿に回帰したとも言えるが、もちろん強豪チームの多くは未だ企業チームであるし、またプロ野球へも即戦力を輩出する。ある面を取れば、社会人野球の方がプロの二軍よりも選手育成効率がいいぐらいだ。

一方、プレーヤーベースに目を向けると、案外事情は複雑だ。日本の高校野球チームが甲子園予選参加校ベースで4000校を超え、野球人口の裾野は広がっているものの、学生以降にプロ入りを希望する選手や、単にプレーを続けたい選手にとっても門戸が狭くなっている。2005年に誕生した独立リーグの「四国アイランドリーグ」への参加希望者の数を見るにつけ、選手の「場」の問題が難しくなっている印象は否めない。

社会人野球再編案


これらを踏まえて、社会人野球の再編案を提示しよう。この再編案は、全くの理想論である。もちろん、各団体や各球団の利害調整にはかなりのものを必要とするので、現実的には不可能かもしれない。しかし、一つのモデルやベクトルを提示することによって、少しでも「球界全体」という視野を持ったコンセンサスの形成に貢献できればと思ってのことだ。