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幻の野球アジアシリーズ~1995福岡(2ページ目)

2005年11月に日・韓・台・中の4か国が集い、東京ドームで開催予定の『野球アジア杯』。それに先んずること10年前の1995年、幻の『野球アジア杯』が福岡ドームでひっそりと行われていた。

執筆者:コモエスタ 坂本

11月23日、1回戦の組み合わせは!?

ダイエー - 統一(台湾) 13:00
全豪選抜 - 韓化(韓国) 16:30

このゲームは、4チームのトーナメント戦方式になっている。初日は1回戦の2試合、2日目が決勝戦と3位決定戦の2試合だ。

組み合わせを見てもわかるのだが、主催のダイエー側は、明らかにダイエーホークス対韓化イーグルスの決勝戦をもくろんでいる。そういう意味でも、初日の統一ライオンズ戦は単なる小手だめしだった筈だ。前日のインタビューでも、王監督は「明日は楽勝になるでしょう」と語っていたのだが……。

初日のゲームは始まった

ダイエー-統一戦のプレイボール。先攻は統一ライオンズ、そしてダイエーのマウンドには先発藤井(*4)。誰なんだ、藤井って。

統一のバッティング・オーダーは、シーズンを勝ち抜いてきたいつものメンバー。ドミニカ人の賀亮徳(3番)も林克(6番)もちゃんといる。

それに比べて、ダイエーのスタメンには、秋山や松永の名前がない。元々不参加のようだ。クリーンアップは吉永・小久保・藤本と、そこそこではあったが、残りのメンバーには1軍半が多い。明らかに台湾をなめている布陣だ。

1回表はあっけなく三者凡退。まるで打てそうな気配のない、統一打線。やはり日本と台湾のレベルの違いなのだろうか。このままダイエーの思惑通りに終わってしまうのは悲しい。

一方、台湾の先発は郭進興。95年シーズンに20勝(最多勝)をあげ、チーム優勝に貢献したエースだ。こちらも好調な立ち上がり。最高球速は130キロ台後半なのだが、どうやら七色の変化球がさえ渡っているのだろうか。私はカメラマン席で見ていたので、よくはわからなかったのだが。

試合は両チーム0行進が続く。投手戦と言ってしまえば聞こえがいいのだが、点の入る動機のないまま、淡々と進行していったというのが実際のところだろう。それにしても統一、打球が飛ばない。藤井の速球に押されているようだ。

7回からダイエーのピッチャーは藤井から斎藤貢に交代。そしてまた無得点が続き、0-0のままであっという間に9回突入だ。


(*4)藤井将男=95年の成績は4勝4敗、防御率4.39。2000年10月、現役選手のまま肺ガンで逝去。享年31歳。福岡ドームの「藤井ゲート」と呼ばれる15番ゲートにその名を残す。


そして第一の奇跡が!

9回表、統一の攻撃。得てして0行進の試合は終盤にゲームが動く。いつの間にか、2アウト一・二塁のチャンスだ。そして6番林克。打った!大きい!打球は外野の間を抜ける。二塁ランナーホームイン。

タイムリー二塁打だ。一塁ランナーはホームでタッチアウト、チェンジ。ついに統一ライオンズ、待望の1点で1-0。

9回裏。ダイエー最後の攻撃。ひとたび動いた試合は、さらに動く。先発の郭が打たれ、1アウト一・二塁。ここでピッチャー交代。シーズンと同じように、抑えの切り札、百力(*5)の登場だ。ダイエーも代打若井が登場。若井、打つ。ライト前ヒットだ。

ホームに突入するランナー坊西。タッチアウト。おおおお。こちらカメラマン席でも、台湾から来た報道陣が大喜びだ。そしてダイエー最後のバッター川越も凡退。なんと。南都北嶺。統一ライオンズがダイエーから大金星をあげてしまったのだ。まさかまさかの奇跡である。私も福岡に来たかいがあったというものだ。


(*5)百力(バイリー)=本名はヴァン・ブランディ。黒人のアメリカ人でこわもて。


【優勝決定戦・3位決定戦】に続く→
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