身近な現実の世界に目を向けたクールベと写実主義
ギュスターヴ・クールベ《出会い(こんにちわ、クールベさん!)》1854年 |
例えば《出会い(こんにちわ、クールベさん!)》では、道端でクールベがパトロンに出会った日常風景をありのままに描いています。パトロンに対してへりくだることのない様子も忠実に表現されています。
クールベは、現実には存在しないモチーフや、美化された「絵空事」を描くことは決して行わず、自分の目で見たものだけに題材を求めたのです。それをよく表す彼の言葉に「天使を描いてほしければ、目の前に天使を連れてこい」というものがあります。
こうした現実の世界のみに主題を求める写実主義(レアリスム)は、それまでの絵画とは大きく態度を異にするものでした。
当時のヨーロッパでは、新古典主義のアングルと、ロマン主義のドラクロワが絶大な人気を誇っており、1855年のパリ万博でも二大巨匠展が開催されましたが、クールベは私費を投じ、果敢にも個展を同時開催して自らの芸術観を示しました。このような形で個展が行われたのも、美術史上初めてだったと言われています。
自然や政治と向き合った写実主義の作家
ジャン=フランソワ・ミレー《落ち穂拾い》1857年 |
オノレ・ドーミエ《三等列車》1863-65年 |
ミレーは自然を好み、パリ郊外のバルビゾン村で活動したバルビゾン派のひとりです。バルビゾン派の多くの画家は人物を風景の一部として描いていましたが、ミレーは風景はあえて細かくは描きこまず、人物の様相を丁寧に描写しました。
ドーミエは雑誌『カリカチュール』などで版画による政治風刺漫画を描きました。自由平等思想が広がる中で、現実の生活に対する批判精神を持ちながら活動した画家だと言えるでしょう。
次のページでは、クールベに影響を受け、さらに絵画の可能性を広げたマネの表現に迫ります!