何度も読み返したくなる理由
文章や構成のほかにも、読みどころはいくつもある。まずは、淳悟という男の造形。ひょろりと痩せて背が高く、手足は長い。無職で着ているものも安物で髪は伸ばしっぱなしで肌もかさかさなのに、姿勢はよく仕草も優雅。美郎に男手ひとつで娘を育てるなんて自分にはできないだろうと感心されると、ゆっくり片頬をゆがませて(これは淳悟のくせなのだ)「いや、俺は、暇だったんだ」と笑う。だけど花に対しては「この世で、お前を愛してる男は、俺だけだ。血が、繋がってる。他人の男にそれを求めたって、無理だ」という。
しめっぽくてかわいている。つめたくてあつい。おそろしくてやさしい。つよくてよわい。きたなくてうつくしい。淳悟の持っている相反する要素がそのまま本書の魅力につながっている。
そして絡まりあう洗濯物や2本の木にたとえられる、父と娘の異様な雰囲気。冒頭から濃厚な性の匂いにぞくぞくする。読み進めるうちに、吐き気がするような不快感と、それ以上に甘美な快感が強くなってゆく。
途中ではなかなかページを閉じられない。最後の一行にたどりついたとき茫然として、また最初の一行に戻ってしまう。淳悟が“私の男”になった経緯を知ると、第1章を読んだときに抱いた印象が変わるから。
こんなに深く、食いこんでくるような小説は滅多にない。間違いなく、今年の収穫といえる1冊だ。
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