『対岸の彼女』で直木賞を受賞した著者の最新連作集。テーマは、愛、ではなく・・・ 『おやすみ、こわい夢を見ないように』 ・角田光代(著) ・価格:1470円(税込) この本を買いたい! |
■人気の著者が、日常と共存する「憎しみ」を描き出した7編。「後味の悪さ」が魅力!?
『対岸の彼女』で直木賞を受賞、『空中庭園』がドラマ化されるなど、安定した人気を誇る著者の新作。リアルな「共感」型のラブストーリーのイメージがある著者だけど、実のところ、シビアで辛口な物語の名手でもある。本作は、著者のそんな側面が多いにクローズアップされた作品集だ。(装丁も一見、ファンシーだけど、よく見ると、かなり不気味です。個人的には、こういうの、とても好き!)
「あたしはこれから人を殺しに行くんです――バスの中でそんなつぶやきを聞いた気がした主人公は、自分が「殺したい」と思った対象のことを考えはじめる。そして、一人の人物につきあたる(『このバスはどこへ』)。かつて付き合っていた同級生にあらぬ噂を撒き散らされる女子高生(表題作)、夫に宿命的ともいえる欠点を指摘された妻(『スイート・チリソース』)などの日常に侵食する憎しみの形を鮮やかに浮かびあがらせた7編を収録。
本作で描かれる情景の多くは、一見、とても平穏だ。ある女性は、孤独に老いた恩師をわざわざ訪ね(『このバスはどこへ』)、ある妻はいかにも楽しげに夫にかつての友人の話をする(『空を回る観覧車』)。だが、その情景の裏は、相手への憎しみの感情がある。その憎しみの感情は、本人や相手の日常を燃やし尽くすほどの火力はない。しかし、熾き火のようにくすぶり続け、時折胸をチリチリと焦がす。いわば、日常と共存する「憎しみ」が描かれる。
このような憎しみは何から生まれ、どんな帰結を生むのか。
本作に収録されたそれぞれの作品で描かれるように、その道筋は、とても多様で、一口で説明できるようなものではない。そう、必ずしも直接的な暴力が憎しみの源や帰結となるのではないのだ。
何が原因で発芽するのかわからない憎しみの種を抱え、何に帰結するかわからない憎しみの芽を心の奥に抱かえたまま、私たちは、「日常」を送っているのかもしれない・・・
本作を読み終わった後、自分自身が普段意識すらしていないの心の暗部を触ってしまったような感覚が残った。
そう、本作は、けっして読後感のいい作品集ではない。だが・・・