■「ラップ調」から連想される軽さとは無縁。過去へと疾走する記憶を追って、重い唸りのような言葉が疾走する
本作の文章に、いわゆる日本語で歌われて流通しているヒップホップの軽さを期待するとかなり裏切られる。
軽くない。まったく軽くないのだ。地の底から響いてくるような低い唸りが、何かにせきたてられて、何かを追いかけるように、次々に湧き出てくる、そんな感じなのである。
著者は、何にせきたてられ、何を追いかけて、言葉を発射させるのか。
私は、それは、「記憶」であると思う。
本作の「俺」は、心を砕き、汗を流して祖母を介護するのは、祖母との血の濃さゆえではないと言い切る。彼を行為に走らせるものは、祖母と過ごした記憶だと言い切る。
介護している「俺」が、祖母との記憶にすがり、その記憶が摩滅していかないよう、懸命に祖母に話しかけるように、書いている著者は、祖母を介護した記憶が消え去っていく、その速度を追いかけるように、言葉を発する。過去へと疾走する記憶を追って、言葉が、疾走する――本作の文体は、狙ったものではなく(まあ、多少あるでしょうが)、この文体でしか書き得なかったからこうなった、のではないだろうか。
いろんな面で、予想を裏切られる本作。前評判だけで、「NG」を出すのは、絶対、もったいない。ぜひとも、自分自身の裸の感性のみで本作に向き合ってもらいたい。個人的に、作家に裏切られるのが大好きな私は、かなり新鮮な体験をさせていただいた。この著者には、次作でも大いなる裏切りを期待したい。ビジュアル的にも、そういう態度が似合いそうだしね。
◆本作で「文学界新人賞」を受賞してデビューしたモブノリオさん。この新人賞出身者って、芥川賞に直結している人が多いんです。ほかの受賞者のサイトを探してみました。◆
『サイドカーに犬』で平成13年度受賞、『猛スピードで母は』で芥川賞を受賞した長嶋有。作品をチェックするなら、「長嶋有公式サイト」で。
『壊音』で平成5年度受賞。その若さが話題になった篠原一。「黒猫亭」には、BBSなども。
『イッツ・オンリー・トーク』で平成15年度受賞、絲山秋子。この作品も芥川賞候補作になりましたね。「絲山秋子Web site」では日記なども読めます
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