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自らの血のルーツを描いた大作 『8月の果て』(2ページ目)

第二次世界大戦中、日本占領下の韓国に、幻の東京オリンピック代表とも目される傑出したランナーがいた。李雨哲。柳美里の祖父である。彼と彼をめぐる人々の物語を鎮魂の思いを込めて描く。

執筆者:梅村 千恵

■「全存在を賭けて書く」柳美里の転換点となる作品

私は、自身の私生活を作品にする著者のスタンスに、私は、必ずしも「イエス」でない。
「全存在をかけて書いた」という作品より、「仕事として書いた」という職人芸的な作品の方が好きだ。
だが、作品を生み出さない者に、作品を生み出す者の「書く背景」をうんぬんする権利はあるのだろうか。
だから、生み出された背景を少し脇に置いておいて、作品そのものを楽しみたいと思う。

そういう視点で見たとき、この作品は、著者の「巧さ」が感じられる作品だ(彼女自身は、技巧を凝らしたつもりはないだろうけど)。
韓国語を織り交ぜて文章には、独特の、きわめて現代的なリズムがあるし、各章の最初に登場する川べりでのおばちゃんたちの井戸端会議風のシーンの描写は、のびやかで美しく、陰惨に傾きがちな作品に一服の清涼さを添えている。

また、自身と思われる一人称で語ることの多かった著者が、自らの「柳美里」という三人称に設定している点も興味深い。視点の変更がスムーズになり、物語に奥行きが与えられている。さらに、「名前」にこだわることによって、祖先から受け継がれた「何か」(あえて名づけるならアイデンティティーのようなもの)を浮き彫りにしようとする著者の意図が明確に伝わってくる。

熱烈なファンがいる一方、扱うテーマ、創作のスタンスなどを批判されることの少なくない著者だが、私は、この作品で、彼女が、その批判の向こう側に一歩を踏み出したように思えてならない。「命」四部作が完結した時にはあまり感じなかった次作への期待を多いに感じさせてくれる一作である。

平成16年、『家族シネマ』で芥川賞を受賞した著者。こんな人も、同賞を受賞しています。

平成10年『日蝕』で受賞した平野啓一郎。京大在学中ということでも話題になりました。「HIRANO KEIICHIRO Official Website」

平成16年、柳美里さんと同時受賞したのは、プライベートでも話題を呼んだ、この方です。辻仁成公式ページ「jinsei tsuji hitonari official web site 」

柳美里さんの公式サイトには、同作の情報も豊富です。「La Valse de Miri 」
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