高校最後のイベントで起こった小さな奇跡。ノスタルジックの魔術師が贈る青春小説 |
『夜のピクニック』
・恩田 陸(著)
・価格:1680円(税込)
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■三年間ともに過ごした友とひたすら歩く一昼夜。キツクてシンプルで、絶対忘れれないイベント。設定からして・・・
周辺には自然が残っている小さな都市にある高校。秋には、全校生徒が参加して、一大イベントが行われる。朝八時から翌朝の八時まで、夜を徹して八十キロを歩きとおす「歩行祭」である。
「入学した時からさんざん大変だぞと脅され、実際参加してみて何の因果でこんな行事がと呪い、卒業生が懐かしそうに語る理由が三回目にしてようやくわかってきた今になって・・・」
と、高校三年生の融(とおる)が述懐するが、うーん、よくわかります。
忘れられないんだよね、こういう、シンプルでキツい行事って、耐寒登山とか、遠泳とか。
『六番目の小夜子』でデビューし、ノスタルジック・ミステリーの一人者として評価の高い著者。帯には、「ノスタルジックの魔術師」と表現されているが、この設定だけで、多くの人の懐かしさのツボにハマるのではないだろうか。
■ひとつの季節が終る予感の中で、主人公が胸に秘めた「賭け」は成就するのか?
さて、物語は、高校3年生の貴子が、この歩行祭でしているひとつの「賭け」をめぐって展開する。
貴子は、この一昼夜の間に、ある人物に、あることをしようとしていた。
対象となっている人物とは、同級生の融である。彼に、もし、一言でも話しかけることができれたなら・・・
「三年間秘めた恋の告白――のようにも思えるが、事情は、少々複雑だ。
貴子と融は、異母兄弟なのである。
貴子は、融の父親がダブル不倫をしていた女性との間に生まれた子どもである。その女性、すなわち、貴子の母は、当時の夫と離婚後、女手ひとつで、娘を育て上げた。一方、融の父親は、結局、家庭を捨てることはできず、家族との軋轢を抱えたまま、癌でこの世を去ったのだ。
奇しくも、貴子と同級生になった融は、母親父親がいないにも関わらず、やり手の母親のおかげで裕福にのんびりと育った貴子を憎しみに近い視線で凝視しつつ、無視をする。その視線を受け、後ろめたいような複雑な感情を抱いたまま、三年間を過ごした貴子は、卒業を前に決心をしたのだった。「このまま卒業するのはいや」。そして、そのきっかけを高校最後の歩行祭に求めた貴子のもとに、アメリカに転校していった友人、杏奈から奇妙な手紙が届く。
――去年、おまじないを掛けといた。貴子たちの悩みが解決して、無事ゴールできるように・・・
融との事情を誰にも話しことのない貴子。手紙は、何を意味しているのか。謎は解けないまま、歩行祭は、始まる。
だが、貴子の「想い」は遂げられないまま、ゴールは次第に近づく。積み重なる疲労、去来する想い。このまま、高校最後の歩行祭は終ってしまうのか?そんなとき、小さな奇跡が・・・