■闇深き帝都の謎を縁側探偵が解く。謎解きそのものより“無駄”に風味あり

物語は、二つの時代を行き来する。
ひとつは、明治初期、文明開化とは名ばかり、江戸から「東京」と名を変えた「帝都」にいまだ闇が残ったいたご時世。
もう一つは、昭和初期。激動の時代ながら、庶民の間には大正ロマンの名残があったご時世。
舞台は、ともに、帝都・東京。

狂言回しの役どころを担うのは、昭和初期に属するお二方。
一人は、早稲田大学の書生で、名は阿閉万(あとじ・よろず)。学業はそっちのけ、噺家になりたがったり、探偵小説を、江戸川乱歩に送りつけて、玉砕したり、いろんなことにちょろって手をつけては、ほうりなげる、通称「ちょろ万」。
もうお一人は、彼の下宿の大家、間直瀬玄蕃(まなせ・げんば)。真っ白き総髪にやぎ髭、仙人めいた風体に似合わず、俗世界の醜聞珍聞をよろず好もしがる、通称「玄翁先生」。雑誌の種とり記者もやっている店子=「ちょろ万」が持ち込む明治期の異聞を、衒学趣味の塊である大家=「玄翁先生」が、珍妙なる問答の末に真相を解き明かす、という仕組み。

この玄翁先生、自分はほとんど動かず、もっぱら動きまわるのは、ちょろ万。「安楽探偵」ならぬ「縁側探偵」という役回りだ。

座したままで、謎のままで放っておかれた古い事件の真相を看破する、縁側探偵の「ご明察」。著者は、ミステリマニアではないのでわからないが、「事件の背後にある重大にして複雑な真相」を期待すると、少々、脱力モノだ。

だが、この力の抜けた感じが、本書の最大の魅力。また、トリックそのものより、講談めいた文体や、店子と大家のとぼけた問答、全編にちりばめられる明治初期、昭和初期の風物の描写に力が入っている、この“無駄”な感じ。個人的には、なかなか味があるのではないかと思う。

物集高音という謎の著者が誰にしろ、“無駄”を楽しむ余裕と実力のある人が、力を抜いて、面白がって著した、そんな雰囲気がなんとなしに伝わってはきまいか(そういう意味では、まったくの新人、というのは、ないような)。
面白がって書かれた本は、ただ面白がって読むに限る。余分な注釈や気負いはいらないだろう。

社会派サスペンスや本格ミステリに疲れたら、一度お手にとってみては?あ、一人か複数かわからないけど、物集氏、よっぽど楽しかったのか、続編『夭都七事件』も出ています。

★あえて、アラ、捜します!
ミステリマニアの人が、ミステリだと思って読んだら、少々キツイでしょうね。内容的にはもっと気軽に購入できる新書でもよかったかも。上質本なのは、もしかして、この装丁をやりたかったから?
この本を買いたい!


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