■暴力的な力によって生じた喪失。「空洞」だらけの現実へに対峙する
母や姉に見捨てられた少年、戦争という「暴力」で持っていた能力を剥奪された老人、おなじく理不尽な力で恋人を奪われた女性。この物語にも、心に空洞を抱えた人々が次々と登場する。そして、それぞれの「喪失」が空間を超えて重なりあい、響きあい、「ここではないけれど、ここである」世界の扉が開く。
そこには限りなく、邪悪なものも棲んでいるのだ・・・。
社会的事件に対してけっして積極的にコミットメントする著者ではないが、この物語を読みながら、私は、時節柄もあって、9.11同時多発テロのことを思わずにはいられなかった。
もちろん、それは穿ち過であるかもしれない。
だが、著者が、「物語を書く」という手段を持って対峙しているのは、暴力に引き裂かれ、喪失の穴がいくつもあいた傷だらけの現実であるということは、確実に言えるのではないだろうか。
本作の主人公である少年は、ラスト近く、その喪失の「核」のメタファーである森の奥深く踏み入っていく。彼はそこで何を見るのか。そこから戻ってくることはできるのか。
傷だらけの現実を、生き延びること。
喪失を抱きこんだまま、生き延びること――
行間から立ちのぼる祈りにも似た思念の海に、ラストのページを読み終えた後も、しばし漂っているようかのような気がした。
凡庸な読み手であるが、私は、「村上春樹」という作家のいる時代に生まれたことをとても幸せに思う。
★あえて、アラ、捜します!
ハルキストなんです。だもんで、彼の書いたものなら何でもいいんです。ホントのところ。でも、ホントのホントのところ、やっぱり今のところのベストは、『世界の終わりと・・・』かな?と。
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