上方落語の歴史

本書では上方の噺家198名のプロフィールと代表的な上方落語の演目が紹介されてます
上方(関西地方)落語の始まりは江戸中期に露の五郎兵衛や米沢彦八などが人の集まる場所に出向き、話を自作自演し、「辻話」として路銀を稼ぎ始めたことからといわれています。

江戸の落語は基本的に座敷や小屋などの屋内で、特定少数の客に対して話を聴かせるものとして発展してきましたが、上方では人の集まる屋外で不特定多数の聴衆の気を引く、一種の見世物として発展してきたようです。

それゆえ、江戸では特定の場所で落語を聴かせ銭を取る、寄席小屋などが多数出現しましたが、上方では不特定多数の場所で披露していたため、寄席などの興行形態があまり確立されませんでした。

第二次世界大戦後は上方では漫才などの他の芸能の発展により、東京のような落語を常時披露する寄席の定席は60年以上存在しませんでした。

また、落語家の協会も1957年になってやっと設立されるなど、東京の落語界よりかなり遅れが目立ちました。こういった状況が、関西では落語より漫才がお笑いの中心をなすことの一端を担ったのではなかいと思われます。

ここからは上方落語の特徴を江戸(東京)落語と比較しながら紹介します。

上方落語だけに使われる道具

■見台(けんだい)
噺家の前に置く小さな机で、書き物机や床といったものに見立てる。江戸時代ごろは話のネタが書かれたものなどを置いていて、江戸の噺家達も使用していました。もっとも、演目によって使わない場合や、滅多に使わない落語家もいます。

■小拍子(こびょうし)
小さな拍子木で普段は見台の上に置かれており、鳴らすときは左手で小拍子を持ち、見台を打つ。雰囲気を変えたり、噺の場面転換の合図に使います。また、舞台の袖でお囃子や鐘や太鼓などの効果音を出す、合図を送るためにも使います。

■膝隠(ひざかくし)
演者のひざを隠す小さな衝立。噺を演じているうちに乱れた噺家の着物のすそを客に見せない配慮のようです。

はめもの

これが上方落語の最大の特徴でしょう。噺を盛り上げる演出の一つで、噺の最中に入れる効果音であり、BGMです。三味線や太鼓で裏方に音を出してもらいます。

上方落語は屋外で演ずる辻話からは発展してきたので、騒がしい屋外で聴衆の気を引くにはとにかく目立つことが重要だったので、このような噺の中に鳴り物を入れる手法が発展してきたように思われます。

以前、東京では、この「はめもの」を使う噺家はほとんどいませんでしたが、最近は上方落語との交流が盛んになってきましたので、「はめもの」を使う噺家が増えてきました。

次ページではさらに江戸(東京)落語と比較しながら、上方落語の魅力を紹介します。