ブラックに集約された色彩の美学

毎年春にスイスのバーゼル市で開催される国際的な時計・宝飾品展示会「バーゼルワールド」は、新作時計がいっせいに披露される機会として重要なのはもちろんだが、時計づくりに関わるさまざまな人々との交歓も楽しみである。

アラン・シルベスタイン「「ブラック・コレクション」の「マリン・クロノ」
「ブラック・コレクション」の「マリン・クロノ」。チタン+ブラックPVD、ブラッシュ&マイクロサンドブラスト仕上げ。自動巻きクロノグラフ。20気圧防水。163万8000円

だが、今年は、ここに一人の親しみ深い人物の姿が見えない。フランス人の時計クリエーター、アラン・シルベスタインだ。1987年にバーゼルでわずか3本の時計をもってデビューした彼は、昨年の20周年をもって、バーゼル出展にピリオドを打つ決心をしたのだった。さる3月に来日した際にお話をうかがったところ、異様に加熱するビジネスや、トレンドに走るショーピースの氾濫に、少々嫌気がさしたのだそう。彼のような小規模ながらも独立して創作を行うクリエーターにとっては、もはや居心地の良い場所ではなくなってしまったという。そこで、今年からは、日本をはじめ、世界の販売代理店を彼のほうから訪れ、顧客向けに新作発表会を開く方式に改めた。すでに熱烈な愛好者も多数おり、彼らとの直接的なコミュニケーションを楽しみとするアラン・シルベスタイン自身にとって、そのほうが賢明な選択だったにちがいない。

アラン・シルベスタイン「ブラック・コレクション」の「クロノ・バウハウス」
「ブラック・コレクション」の「クロノ・バウハウス」。チタン+ブラックPVD、ブラッシュ仕上げ。自動巻きクロノグラフ。10気圧防水。143万8500円
さて前置きが長くなったが、2008年の新作「ブラック・コレクション」は、「進化するブラックの美学」とも形容すべき独特のスタイルがなにより印象的だ。三原色の鮮やかな配色とならんで、デビュー作のクロノグラフから取り組んできたブラックが、ようやく一つの完成されたスタイルに達したという。ケース素材にチタンを用い、これにPVD加工を施して耐久性が一段と増しているが、ブラックの表面をつや消しのブラッシュ仕上げにしている。単なる真っ黒ではなく、チャコールグレーやブルーグレーを混ぜた結果、ブラックに微妙な「暖かい輝き」が感じられるという。

それは、「経年変化でさらに良い風合いが生まれる」と彼は説明する。「時計のオーナーはふつうキズが付くのを好まないが、毎日使っているうちに、ブラッシュ仕上げに細かなキズが加わり、それがまたいい味に変わってくる。使う人とともに時計も年を重ねていくように」。ファンとしては、実際に使ってみたくなるだろう。そこまで効果を計算してデザインするあたりが、いかにもアラン・シルベスタインだ。

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