パワーリザーブとは機械式時計特有の仕組み
機械式時計のスペックの説明の中に「パワーリザーブ40時間」といった一文を目にすることが多いだろう。「主ゼンマイを完全に巻き上げた状態で放置すると、40時間は動き続けます」という意味である。つまり、この時計の主ゼンマイは、時計を連続して40時間動かし続けるだけのパワーを蓄えることができるのである。もちろん、伝統的な機械式特有のものである。クォーツ時計では「パワーリザーブ」とは言わない。持続年数がたんに電池寿命として示されるだけだ。基本のキに戻るが、機械式時計は主ゼンマイの力で動く。ここで「主ゼンマイ」と呼ぶのは、もう一つのゼンマイ、すなわちテンプに付随する「ひげゼンマイ」と区別するためで、英語でもメイン・スプリングと呼ぶ。この主ゼンマイはリューズを回したり、自動巻きの場合はローターの回転によって巻き上げられる。
いったん巻き上げられた主ゼンマイは、こんどは解けて元の状態に戻ろうとする。この時に発生するエネルギーが歯車を回す原動力になる。パワーリザーブが40時間なら、40時間経過すると主ゼンマイが解け切ってエネルギーがゼロに近づき、時計が停止する。これがパワーリザーブの原理である。
主ゼンマイがどの程度巻き上げられているかは、ふつうは外部からは確認できない。それを文字盤に表示するのが「パワーリザーブ・インジケーター」という機構である。ガソリン・メーターとよく似ている。古典的なパワーリザーブ・インジケーターといえば、18世紀末にアブラアン-ルイ・ブレゲが製作した「ブレゲ No.5」のものが有名である。扇型の目盛りを移動する針を見れば、主ゼンマイのパワーリザーブ量、逆に言えば残りの持続時間が確認できるわけだ。
主ゼンマイの巻き上げ量が残り少なくなってくると、トルクが低下して精度が確保できなくなる。そこで、使用者に巻き上げを警告するという役割も、パワーリザーブ・インジケーターは果たしている。
パワーリザーブの長さや表示も腕時計によってさまざま
パワーリザーブは、この主ゼンマイを収納する「香箱」のサイズや主ゼンマイの最適な長さなどの諸条件があり、40時間から50時間が一般的である。香箱を二つ用いる「ツインバレル」だとさらに70時間以上のパワーリザーブが得られるが、2000年以降は、香箱の数をさらに増やしたり、単体の大型香箱を用いて7日間や8日間という、画期的なロング・パワーリザーブを実現したモデルも続々と登場してきた。腕時計サイズの機械式ムーブメントではこの1週間パワーリザーブが限界と考えられていたところ、今年は、A.ランゲ・アンド・ゾーネが31日間パワーリザーブというモンスター級モデルを発表して周囲を驚かせた。
パワーリザーブ・インジケーターのデザインもさまざまだ。文字盤に扇形のインジケーターを配したクラシックなものから、円形のサブダイヤルにデザインしたもの、さらに凝ったものになると、垂直ないし水平方向に直線的に表示されるものまである。インジケーターに時間数や日数の目盛りがあるのがふつうだが、ないものもある。
また、終わり近くの目盛りを赤で強調しているのは、先に述べた「警告」のためのもの。また、パワーリザーブ・インジケーターは、つねに文字盤上に置かれているとは限らず、ムーブメントの香箱上や香箱付近に直接取り付けたタイプまである。これらはシースルーバックから目にすることができる。
パワーリザーブ・インジケーターの針を動かすには、香箱と連動させる精巧な減速機構が必要になる。8日巻きモデルだと針が1日で移動するのは約1mm程度。たんなる文字盤のデザイン的な要素とけっして侮ってはならない。パワーリザーブが複雑機能に分類されるのは、そのためである。
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