業績悪化で巨人、トヨタがF1グランプリを去る

最後のシーズンを戦ったトヨタF1カー、TF109
【写真提供:Toyota Motorsport】
トヨタがついにF1から撤退を表明した。昨年のスーパーアグリ、ホンダに引き続き、最後に残った日本チームそして日本の自動車メーカーの名前がF1から消えることになった。

11月4日(水曜日)の早朝から世界中を駆け巡った「トヨタF1撤退」のニュース。来年以降の活動については11月中旬に決定されるという見通しがあったが、その発表が1週前倒しになったことから「撤退ではないか」との報道が世界を駆け巡った。そして、それに対応するかのようにトヨタ自動車は本社で豊田章男社長、山科忠専務が緊急記者会見を開き「経営と中長期的観点から苦渋の決断」と撤退の理由を述べ、ここにトヨタのおよそ10年に渡るF1活動に終止符が打たれることになった。

今回は緊急企画として、トヨタF1の挑戦の歴史を振り返ってみたい。

WRCからF1への転身

トヨタF1チームの歴史はトヨタがF1参戦以前に行っていたラリーへの参戦、スポーツカーレースへの参戦を触れずに語るわけにはいかない。ホンダが1980年代半ばにF1にエンジンを供給し数々の勝利で名声を得たのとは対照的に、トヨタはラリー競技に積極的に挑戦してきた。

1975年からラリーの世界最高峰であるWRCに挑戦。セリカなどでラリーを戦い、4度のドライバーズチャンピオン、3度のマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得し、トヨタはラリーで世界的な名声を得た。
トヨタのモータースポーツ活動と言えば昔はラリーだった。
【写真提供:Toyota Motorsport】
実はその活動拠点であったドイツ・ケルンにあるチームこそが現在のトヨタF1チームの母体となるもので、トヨタはラリーからF1に転身したことになる。WRCからの撤退と共にF1への参入を発表したトヨタは、そのラリーチームが中心になってF1への準備を進めていった。
ラリー活動の後、初期のトヨタF1活動を率いたオベ・アンダーソン氏(中央)。かつてはスターレットの広告などにも登場するほどラリーファンにはよく知られていた。昨年、ラリーの事故で亡くなっている。アンダーソン氏と共に写真に収まるのは初年度のドライバー、アラン・マクニッシュとミカ・サロ。
【写真提供:Toyota Motorsport】
同じモータースポーツといえども全く畑が異なる世界への転身。しかも、エンジン供給だけでなく車体も製作する「フルコンストラクター」としての参戦という、トヨタのF1参戦は非常にハードルの高いところからのスタートだった。