60年代の後半、羽を付けたら速くなった!

当時のレーシングカーは空気抵抗を減らすために要らないものを削ぎ落とし、なおかつ軽量化を図ることがトレンドだったのですが、60年代後半には新しい概念が登場しました。空気の流れを利用して、下向きの力(ダウンフォース)を得てコーナリング中のマシンを安定させようという新しい発想です。アメリカのスポーツカーレースで効果が証明されたリアウイングは瞬く間にF1にも飛び火し、以後、空気力学(空力)の研究はレーシングカー、フォーミュラカー作りに欠かせないものになっていったのです。
1968年ホンダF1 RA301 (写真提供:本田技研工業)

ホンダRA301は高くそびえ立ったリアウイングが印象的なマシンです。空気の流れが安定している高い位置にリアウイングが取り付けられ、効果的にダウンフォースを得ようとデザインされています。しかし、レース中に脱落することも多く、危険と判断され、69年には取り付け位置の高さに制限が加わります。
1969年ホンダF1 RA302 (ホンダコレクションホール)

ホンダRA302は先頭部分にラジエーターの空気取り入れ口がありません。そう、葉巻型ではなくなったのです。実はこのRA302に搭載されているエンジンは「空冷」エンジンで、「空冷」の採用には創立者の本田宗一郎の強いコダワリがあったと言われています。ウイングの位置も規定により低くなり、よりレーシングカーらしくなったと言えますが、残念ながら69年をもってホンダはF1から撤退し第一期F1活動を終了します。

日の丸をつけて走ったF1

ホンダF1に描かれた日の丸

60年代までのF1で特徴的なのはそのカラーリングです。今は世界に名だたる有名企業のスポンサーカラーに塗られるのが当たり前ですが、当時はそういう発想はなかったようです。そのチームが所属する国の「ナショナルカラー」をまとい、最高峰のF1は国別対抗戦のごとき戦いでした。日本から唯一参戦していたホンダは日本代表というわけで赤白の日の丸カラーで走っていたわけです。

当時はF1の資金作りのために車を売っていたチームもあれば、ホンダのように自社の技術を鍛えるために参戦したチームもあります。自社のPRよりも「F1で勝ちたい」という情熱が先行していた古き良き時代でもあるのですね。