大観衆の前に再登場した懐かしいF1

サイドバイサイドでデモ走行するマクラーレンMP4/6とマーチ881。
(写真提供:鈴鹿サーキット)
「クラシックなF1マシンのデモ走行」は鈴鹿F1日本グランプリの最近の恒例行事ともなっている。しかし、今年は20周年ということで参加マシンはおろかドライバーも特別なラインナップになった。

参加したのはマクラーレン・ホンダMP4/6(ゲルハルト・ベルガー)、マーチ881・ジャッド(イワン・カペリ)、そしてラルース・ローラ90・ランボルギーニ(鈴木亜久里)である。

鈴鹿では幾多の名勝負が繰り広げられたが、中でも強烈な印象が残っているのはこれらのマシンが走った80年代から90年代前半の『F1ブーム』の時代ではないだろうか?

私自身も中学生ながら見に行った初めてのF1は強烈な印象が刻み込まれている。鈴鹿の開催休止を惜しむファンにとっては何度も訪れた鈴鹿F1の記憶が鮮明に蘇ってきたことだろう。

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記憶が蘇るV12サウンド

マクラーレンMP4/6をドライブしたゲルハルト・ベルガー。現在はトロ・ロッソの共同オーナーを務め、後進の育成にも熱心だ。
(写真提供:鈴鹿サーキット)
今やF1はV8サウンドが中心となってしまった。迫力という意味では甲高いV12やV10のサウンドが懐かしく感じる。

ベルガーがドライブしたマクラーレン・ホンダMP4/6はホンダがエンジンをV10からV12へスイッチした91年のマシンである。これに乗ったセナがウィリアムズ・ルノーのマンセルと死闘を演じ、鈴鹿でマンセルがリタイアしたことからドライバーズチャンピオンを決めたマシンだ。そして、セナが最終ラップの最終コーナーでチームメイトのベルガーに道を譲り、優勝をプレゼントした。今では許されない行為(好意?)だが、セナとベルガーのコンビの良好な関係、そしてセナの人柄を象徴するシーンだった。鈴鹿F1で多くの人の心に刻み込まれている、思い出深いマシンだ。

バブル経済の象徴、レイトンカラー

レイトンハウスのカラーリングといえば、やっぱりこの人、イワン・カペリ。陽気なイケメンのイタリアンも今や。。。
(写真提供:鈴鹿サーキット)
数多くの日本企業がF1に進出し、スポンサーからチーム買収にまで至った「バブルの時代」を象徴するのが、レイトンハウスの水色のカラーリングだ。

アパレルメーカーという仮の姿でF1に進出した「レイトンハウス」は「ITバブルの時代」の一部の企業とどことなく似ている。ヨーロッパの旧来のF1ファンや関係者には白い目で見られたこともあっただろう。しかし、今考えれば心底レースが好きで何とか世界の舞台で夢を実現したいという日本人の情熱がこの時代にはあったような気がする。

カペリがドライブしたマーチ881・ジャッドは88年のF1マシン。ちょうどターボエンジン最後の年だが、ホンダやフェラーリのワークスターボ勢に混じってプライベートチームが非力なV8の自然吸気エンジンで奮闘した時代である。足りないパワーを何とか他のもので補おうとプライベートチームが努力した古き良き時代である。

後に「レイトンハウス」のF1チームは空気の流れを読むことができる鬼才デザイナー、エイドリアン・ニューウェイ(現・レッドブル所属)を輩出した。現代の「空力のF1」の時代はこのチームから始まっていったとも言える。

さらに鈴木亜久里もあのマシンをドライブ! 続きはコチラ