江戸時代からの交通の要所、
周辺には個性の異なるいくつもの街も
左側の緑が東京大学。右側には喫茶店や書店などが並んでいる。緑の濃さがよく分かる
東京メトロ丸ノ内線、都営大江戸線本郷三丁目駅があるのは本郷通りと春日通り、2つの幹線道路が交わる本郷三丁目交差点近く。本郷通りは江戸時代に整備された中山道、日光街道の脇街道日光御成街道(徳川将軍家が日光東照宮に社参する際に利用された道。現在の東京大学農学部前で分岐)で、往時の幹線道路。この道は約8万年前にできた本郷台と呼ばれる南北に伸びる細長い台地上を走っており、ちょうど馬の背状になっています。
写真中央に見える輪のようなものは後楽園のジェットコースター。坂の下にあるため、ごく一部、上のほうだけが見えている
実際に歩いてみると分かりますが、本郷通りから西側、春日や後楽園方向に至るにも、逆に東側の湯島や根津に至るにも坂を下ることになっており、本郷通りは周囲からは一段と高くなった土地ということが分かります。本郷通り沿いにある東京大学は加賀の前田藩の上屋敷の跡地ですが、さすがにご大家、安全な高台をよくご存知だったと思われます。また、東大工学部のある文京区弥生は弥生式土器ゆかりの地ですから、古くから人が住んできた土地だったわけです。
梅の名所、学問の神様として知られる湯島天神。本郷三丁目からなら歩いても行ける距離にある
といっても、下の地図を見ていただくと分かる通り、本郷だけが古くから人が住んできた場所ではありません。湯島天神、根津神社、上野のいくつもの寺社、後楽園の大名庭園など、周囲には古くから開かれてきた場所が点在しており、本郷はちょうどその真ん中。いずれの街にもそれほど距離はありませんし、それぞれ異なった商業施設、雰囲気がありますから、これらの街をうまく利用することが、本郷での暮らしを充実させるポイントかもしれません。
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本郷三丁目と近隣の街の位置関係は?
本郷三丁目と周辺の駅、幹線道路との位置関係概念図。ピンクの●は駅、ブルーの●は病院、下線部があるのは町名。スペースの問題から名称などを略して書いてあるものもあります。また、距離については正確ではありません。
大学、病院、旅館に古い建物が
この街の個性
休日にはキャンパスを散策する観光客の姿も多い。学生がガイドをしてくれるツアーなども行われている
では、実際の本郷の街を歩いてみましょう。まずは東京大学。この広大な緑の空間を自分の庭代わりに利用できるのは本郷に住む大きなメリット。自然や四季を感じられるだけでなく、構内のカフェや食堂を利用できたり、大学主催のイベントなどに気軽に参加できることは生活を豊かにしてくれます。
診療科目も多く、設備・機械なども最先端が揃えられている東大病院。院内も広い
また、内科だけでも12科ある総合病院、東大病院(東京大学医学部付属病院)も大きな存在。このエリアは東大病院以外にも大学病院が多いのが特徴で、北側の根津駅近くには日本医科大学付属病院、南の御茶ノ水駅前には順天堂大学医学部付属順天堂医院、日本医科歯科大学付属病院と、いずれも診療科目数の多い総合病院があります。救急の受付もあり、子どものいる家庭、高齢者のいる家庭には心強い場所です。
通り沿いで見かけた顕微鏡の専門店。意外に小さな店、事務所が多いようで、素人目にはなかなか分かりにくい
医療機関が集まっていることから、医療器具や医療関係の出版社が多いのもこの街の特徴。一般には知られていないけれど、日本の医学には欠かせない技術や器具、情報がこの街に集積しているのです。
通りから少し入ったところにある旅館鳳明館。この周辺には他にも歴史を感じる日本家屋が点在している
旅館が多いことも有名です。元々は学生相手の下宿だったという歴史のある旅館もあり、東京を訪れる修学旅行生の多くが利用していた時代もあったとか。往時に比べると数は多少減りましたが、それでも修学旅行や運動部の遠征の宿などに利用されています。また、街中には旅館も含め、古い建物も数多く残されており、裏通りを歩いて建物ウォッチングをする人の姿も見かけました。
歩いていると、こうした由緒を記した掲示板をよく見かける。こちらは石川啄木が住んでいた下宿(現在は旅館)前に設置されていたもの
裏通りではかつてこの地に住んだ作家たちの旧宅、終焉の地などを巡る散策も人気。樋口一葉、石川啄木、宮沢賢治、坪内逍遥、夏目漱石など、この街に居を構えた有名人は数多く、今も高名な学者、文化人が居住しています。実際、取材に訪れた時には町内会の掲示板に文筆家としても知られた、ある免疫学者の訃報が貼られており、思わず掲示板の前で手を合わせてしまいました。
続いてファミリーに人気の
西片町、生活の便利さを見て行きます。