ゆっくりと愉しく、いい時間を過ごすために飲む。ところが近年のヒステリックなまでの健康ブームが、酒離れを増長させているような気がする。
何事も適量。薬だって飲み過ぎれば肉体を滅ぼす。百薬の長といわれる酒だって、度を過ごせばもちろん害になる。
かつて長寿としてマスコミにとりあげられた泉茂千代さんは、百歳を超えても毎晩酒を猪口(ちょこ)で2杯飲んでいた。
ボウモア蒸溜所の樽職人としてスコットランド中に名人として知られたデヴィット爺さんは、たしか90半ばまで生きた。彼は引退した後も死ぬ間際まで毎朝10時に蒸溜所にやってきては後輩の仕事ぶりを見守った。90歳を超えてもティ・カップでウイスキーのお湯割りを2杯、毎日欠かすことがなかった。
4年前の冬にアイラ島を訪れた時、若い頃は島のアコーディオンの名手だったという80歳過ぎの老人と出会った。老人は寒い中、ウイスキーで体を温めると、わざわざ湖のほとりまで出かけて古いケルト民謡を弾いてくれた。その響きはどこか懐かしく、私の目は潤んだ。
別れ際、「あなたが弾いている時の顔は、まるで少年のようだった」と声をかけた。すると「まだ少年だよ。百歳までには随分と時間がある」と老人は言う。「じゃあ百歳の時に、また弾いてくれますか」と返すと、「いいよ。ウイスキーを飲んでりゃ、百まで生きられる」と老人は答え、とてもチャーミングなウィンクをした。
しつこいようだが、酒はゆったりと愉しく、自分の適量を守っていれば、いつまでも長い友でいてくれる。
あなたの部屋を森にする
ウイスキーが人に優しいのは、樽の成分がたくさん溶け込んでいるため。 |
これはウイスキーが蒸留酒であり、樽熟成することに起因しているらしい。熟成のメカニズムは未知な部分が多く、まだ十分に解明されていない。ただアルコールの作用でオーク材からさまざまな成分が溶け出して、複雑な香味をつくり出していることは確かだ。
長年にわたり貯蔵、熟成されたウイスキーには樽材由来の香りが溶け込んでいて、その香りが森林浴に似た作用をもたらす。
ウイスキーにはその他にもカロリーが蓄積されにくい、アルコールの吸収、分解が早い、プリン体をほとんど含まない、などの特長がある。ただこれは他の酒に比べてということだ。また樽材に由来するポリフェノールも溶け込んでいる。
だがこんな特長など意識しないで飲んで欲しい。唯一、まあこれは意識してもいいかなと思うのが、森林浴のようなリラックス効果だ。樽で長期熟成した酒でなければ感じ得ない、香りによる気分転換である。
他の特長はどうもね。そんな事を気にして飲んでも愉しくはない。「プリン体からの尿酸生成を抑制して、尿酸を排出させる作用もあるんだよ」なんて話しをしながら飲むのは、私は嫌だ。つまんない。そんなのはメーカーや専門家にまかせておけばいい。(次頁につづく)