三溪ゆかりの古民家レストラン「隣花苑」

隣花苑
隣花苑 玄関までのアプローチ
横浜ゆかりの実業家、原三溪が開いた「三溪園」。175,000平方メートルの広さを誇る日本庭園です。そのすぐ隣には、三溪の子孫が営む古民家レストラン「隣花苑」があります。実業家、美術愛好家のほか、食通としても知られ、客人をもてなすことが大好きだった三溪。その伝統の味とこころを受け継いだ、おもてなし料理が堪能できるお店です。

隣花苑の場所は、三溪園入口から徒歩約3分の静かな住宅街の一角です。電柱に道案内が出ているので、迷うことはないでしょう。「ここの奥です」という看板に従って進むと、入口がありました。手入れされた庭が、静かに迎えてくれます。さらに進むと、ここだけ時間が止まったような田舎家の入口にたどり着きました。
左:曲がり角にある看板 右:昔話に出てくるような玄関

まるで歴史博物館!

「ごめんください」──知人の家をたずねるように敷居をまたいで中に入ると、そこは囲炉裏がある土間でした。かまどや井戸など、歴史博物館でしか見たコトがない生活道具も置かれています。思わず、見渡してしまいます。
歴史博物館のような昔の生活道具が置いてあります

囲炉裏の後ろには、三溪直筆の書がかけてあります。
「隣花不妨賞(りんかしょうするをさまたげず)」
後で教えてもらうことになるのですが、三溪が好んで使ったとされる言葉で、「隣の家の花も自分の家の花も、皆で愛でられるようにしましょう」という意味だそう。この言葉が店名の由来になっています。
玄関を入ると囲炉裏が。店名の由来となった三溪の書がかけてあります

「お待ちしておりました」──ほどなく、笑顔のステキな女性が出迎えてくれました。この方が女将さんの西郷槇子さんで、原三溪のひ孫にあたる方。パンフレットで見た原三溪の写真と、どことなく似ていらっしゃいます。

600年もの歴史を刻んだ建物を利用

隣花苑の一室
江戸時代に増築されたとされる奥の間
隣花苑は、今の女将さんのおばあさま(原三溪の長女にあたる方)が住んでいらした家屋。静岡県にある広瀬神社の神官 西島家の家屋を移築したものです。なんと600年前、足利時代の建造物が母体となっているそう! 気が遠くなるほどの歴史を刻んできた建物に入り、食事をいただくことができるとは、隣花苑ならではの楽しみです。現在の女将さんのお母さまが、昭和38年に始められました。

隣花苑の一室
隣花苑にまつわる季節の書や絵画が飾られています
お部屋は全部で6室。大小さまざまなお部屋があります。基本的には足利時代の建物で、奥の二間は江戸時代に増築されたもの。季節の書や文殊観音など、さりげなく置かれた三溪ゆかりの美術品の数々も堪能できます。この建物を見るだけでも、「来てよかった」と思われることと思います。

次ページでは、三溪ゆかりのメニューをご紹介します。