「犬種シリーズ」4回目は、日本が誇る柴犬。小粒ながらに凛とした、その風貌と性格は、多くの人を魅了してやみません。

=Index=
・足跡を辿れば、古代の世界へ
・気質やタイプなどについて

安定した人気

柴犬の子犬
全犬種の中で、子犬の可愛さはピカイチという声も。
私達日本人には馴染みの深い柴犬。いろいろな国において、折角の自国原産の犬でありながら、その登録数も少なく、人気も後退気味の犬種というはわりとある中で、柴犬は安定した人気を保ち続け、自国の国民に広く愛される犬種となっています。

柴犬を登録できる団体としては、社団法人日本犬保存会、天然記念物柴犬保存会、社団法人ジャパンケネルクラブ(JKC)などがありますが、JKCの登録数においては、この10年の間、9位~12位の間で推移しています。爆発的な人気になることはなくとも、ずっと安定した人気を保ち続けているということは、ある意味、犬種としての安定性もあると言えるのではないでしょうか。

足跡を辿れば、古代の世界へ

柴犬は想像がつくように、古代犬種の一つです。縄文時代の貝塚からは、しばしば犬の骨が発掘されることがあり、名古屋市大曲輪の縄文遺跡では、犬を抱えた人骨が発見されています。ということは、この時代、すでに人々が犬を飼育していたということ。これが即ち柴犬であるというわけではありませんが、これまでに発見された犬の骨の体高は、約37cm~50cm程度のものが多かったようで(これよりもっと大きなサイズもいます)、当時の犬を柴犬の祖先に近しいと考えるのも自然なことに思えます。

歴史的に見れば、人がいるところに犬あり。これらの犬達も、おそらく縄文人らに伴って大陸から渡ってきたのではないかと思われますが、時代を経て次にやってきた弥生人達も犬を連れて渡ってきたと考えられます。日本というこの地域に、元から土着の犬達がいたのだとすれば、その犬達、そして縄文犬、後からやって来た弥生犬らが、後に混血などを繰り返し、現在の柴犬や北海道犬、紀州犬などの、いわゆる日本犬へと発展していったのでしょう。

なお、日本人のルーツを考察した時に、遺伝的には中央部分を飛び越えて、北のアイヌの人達、そして南の琉球の人達には近しいDNAがあると言われていますが、要するに、後に大陸から渡ってきた弥生人達に押される形で、それまで生活をしていた縄文人らが北や南に分散していったという考え方です。これはそのまま日本犬にかぶせて考えることもできます。それだけ、太古の昔より、犬達が人間のそばにいたということの表れでもありますね。

かつては地域色もあった柴犬

今現在は「柴犬」と呼ばれている彼らですが、かつては交通の便もよくなかったという環境から他地域との交流が遮断されていたせいでしょう、地域ごとに特色をもつ柴犬が存在していました。

往時の、柴犬の主な生息地としては、岐阜から富山、福井、長野、山梨、埼玉、群馬、新潟、福島あたりまでの、本州中央部山岳地帯をメインに、島根や鳥取など山陰地方の山岳地帯、そして、前出の地域に比べて少数ながら、四国の山岳地帯を挙げることができます。

これらの中で、その産地ごとに、信州柴(長野)・美濃柴(岐阜)・十石犬(群馬)・石州柴(山陰系)を始め、越後柴・川上犬・木曾犬・佐久の犬……などの呼び名がありました。

天然記念物指定を受けている柴犬

しかし、明治の文明開化の風潮とともに、西洋のものが次々と国内に入り込んでくるにつれ、犬も西洋犬に注目が集まったり、日本犬の雑化が進み、純度が薄れていくことになったのは残念としか言いようがありません。それを、憂え、日本犬の保存を謳う人達が活動を始めました。

その努力の甲斐あって、昭和6(1931年)年7月、一番最初に秋田犬が天然記念物指定を受けました。それに遅れること6年、昭和12(1937年)年12月に柴犬も天然記念物指定を受けています。これを機に、それまで地域名で呼ばれていた犬達も「柴犬」と統一して呼ばれるようになりました。

そう、柴犬は、他の日本犬同様、日本が世界に誇れる犬種だということです。近年では、アメリカなど海外においてもファンが増えています。

ちなみに、「柴犬」の「シバ」とは、元々小さいものをシバと呼んだことによるという説、柴の中をくぐるのが上手だったからという説、毛色の柴赤からきているという説などがありますが、これといった定説となるものはありません。

さて、次のページでは、気質などについて。