知る人ぞ知るの珍スポット、大阪の「清水寺」
鉄筋コンクリートで出来た「清水の舞台」から。写真左手には通天閣などもぼんやりと見える。 |
さっそく境内に入ってみると、普通の寺院と何ら変わった様子はない。しかし、寺務所の奥に向かうと、なんと滝が流れている。「玉出の滝」といって、実はこれは大阪市内唯一の滝だ。水量も少なく規模も小さいが、明らかに京都・清水寺の「音羽の滝」を模していることがわかる。
滝を見てから境内の石階段を上っていくと何やら広い敷地に出て、西の方角に梵鐘が見える。近づくと迫り出しのようになった高台で、なかなか見晴らしがいい。大阪市内のビル群が眼前に広がり、遠くには通天閣なども見える。欄干部分をよく見ると、なんとそこには「清水の舞台」というプレートがはめられているではないか! 清水寺といえば「清水の舞台」。有栖山清水寺にもちゃんと舞台が設置されているのだ。ここまで似ていると、「お見事と」としかいいようがない。
「大坂夏の陣」の後、観音様のお告げで建立
この有栖山清水寺は誰が作ったのか? 寺伝によれば寛永17年(1640年)に延海阿闍梨(えんかいあじゃり)という僧侶が、観音様のお告げを受けて京都・清水寺そっくりの寺を作ったという。それまでは有栖寺(うすじ)という寺だったが、このあたりは「大坂夏の陣」で戦火に見舞われて寺も荒廃してしまい、なんとか再興するために京都・清水寺にあやかったのだろう。寺が復興してからは京都・清水寺から観音様を迎え入れたそうで、本家本元からも「そっくりさん」として認められたのかも知れない。江戸時代には新・清水寺から西側には大阪湾(瀬戸内海)が迫っていて非常に眺めが良く、江戸時代の大阪旅行ガイドブック「摂津名所図会」や「浪花百景」にも登場している。観光名所として有名で、寺近くにあった料亭「浮瀬」には、松尾芭蕉や与謝蕪村などが訪れて宴会を行っている。残念ながら明治以降の大阪は近代都市化してしまい、湾岸部分を埋め立てて高層ビルを建築して現在ではまるで大阪湾など見えないが、清水の舞台から大阪のビル群を眺めるのも、なかなか面白い。
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