蛇口をひねれば安全できれいな水が出る国は、世界でも珍しいと言われていることは皆さんもご存知だと思います。ならば何故、お金を出してわざわざ水を買うのでしょう。水道水の安全性が疑問だから? ミネラルウォーターのほうが体に良いから?買わなくて済めば節約にもなるけど、やはり買わなきゃならないものなのでしょうか?
今回はそんな水の疑問を解決するための取材をしてきました。前後篇に分けてご紹介します。前篇は環境学の権威、元国連大学副学長で東京大学名誉教授の安井至氏のインタビューです。
水道水は安全なの?ミネラルウォーターを買った方がいい?
水道水の安全性は?
ガイド:
まずはじめに、安井先生ご自身は飲料水はどのようなものを使ってらっしゃいますか?
安井氏:
私は東京23区内に在住していますが、普通に水道水を使用していますよ。浄水器なども付けていませんし、もちろんミネラルウォーターなどは買っていませんよ。
ガイド:
なんとなく都市部の水には不安を感じるのですが、水道水はそのまま飲んでも大丈夫なのでしょうか?
安井氏:
まずは安全面についてお話しましょう。
蛇口から出る水は浄水場で作られ、国が定めた安全基準をクリアしたものだけが水道管を通って各家庭まで届いています。この安全基準は、ヒ素、フッ素、ホウ素、亜鉛、マンガン等などについて、それぞれ含有量が一定基準以下でなければいけないと定められています。
同じように市販されているミネラルウォーターにも安全基準があるのですが、この2つを比較した場合、ミネラルウォーターのほうが基準がはるかにゆるいのです。
例えばフッ素は2.5倍、マンガンは4倍、ヒ素、ホウ素、亜鉛などは約5倍もの基準になっており、水道水の方が基準がゆるくなっている項目は一つもありません。ですから、水道水の方が安全性が高いといえるでしょう。
ガイド:
塩素についてはいかがでしょうか。水道水には塩素が含まれていると思うのですが、ミネラルウォーターには入ってませんよね?
安井氏:
その通り、水道水には塩素を添加することが義務付けられています。ですが、水道水に含まれる塩素は体に害があるものではなく、むしろ雑菌の繁殖などを防ぎ安全性を高めるためには必要不可欠なものです。ペットボトルの水などはその塩素が含まれていないわけですから、開封後はなるべく早めに飲んでしまわないと雑菌が繁殖して水が傷んでしまうということもあります。
塩素に問題があるとすれば、味への影響でしょうか。そうはいっても、塩素は空気に触れるとすぐに揮発しますので、コップなどに水を汲んで少し置いておくだけでもすぐ塩素は抜けてしまいますよ。
ガイド:
そういえば実際水道水をそのまま飲んでみても、塩素の味を感じたことないですね。
安井氏:
昔、浄水の技術があまり良くなかった時代には、たしかに塩素臭いということがありました。ですが現在は非常に浄水技術が進んでいるため、添加される塩素はあくまで各家庭の蛇口から出てくるときまで安全性を保つという目的であり、その量もごく少量ですので味がするということはほとんど無いと思います。
ガイド:
トリハロメタンについてはどうでしょうか? 浄水器などの宣伝を見ると、必ずと言って良いほど「水道水に含まれる発ガン性物質トリハロメタンが云々…」というのを見るのですが。
安井氏:
昔は上下水の処理技術が未熟だったため、水道水にトリハロメタンが多く含まれていました。原水が汚染されており、浄水技術が未熟で大量の塩素を添加した場合には、トリハロメタンが多く生成されるのです。
ですが現在はオゾン滅菌などの技術を備えた高度浄水設備の導入で、トリハロメタンは相当低減しました。完全にゼロではありませんが、体に害があるような量が含まれているということは全くありません。
また、そのごく少量含まれるトリハロメタンを本気で全部取り去ろうと思ったら、逆浸透膜の浄水器などでなければ不可能です。市販されている浄水器で「トリハロメタン除去」などと書いてあるものは、ほとんど気休め程度にしかならないということです。
ミネラルウォーターは体に良い?マイナスイオン水は?
ミネラルウォーターは体に良い?
ガイド:
健康のためにミネラルウォーターを愛飲している、という方も多いと思うのですが、そういった面での効果はいかがでしょうか?
安井氏:
水でミネラル分などを摂取しようというのは難しいですね。ミネラルウォーターにはたしかに水道水よりミネラル分が多く含まれています。
ですが、食べ物などで摂取するのと違い、ミネラル分が体に取り込まれることはほとんど無く、そのまま排出されてしまいます。水を飲むことで健康になるというのは幻想ですよ。まぁある程度のプラシーボ効果はあるかもしれませんけどね(笑)
ガイド:
そのほかにもいろいろな効用を謳った水がたくさん出ていますよね。そういったものについてはいかがでしょうか。
安井氏:
はっきり言ってしまうと、波動水だとかクラスター水、マイナスイオン水みたいなものはどれも限りなく怪しい。科学的な裏付けのない、いわば似非科学です。そんなもの飲んで健康になるなんていうのはまやかしです。
以前海洋深層水のことも公取(公正取引委員会)が入ったりしてかなり問題になりましたが、結局は体に良いとか安全だというようなイメージをビジネスに利用しているだけ。それに消費者がまんまと乗せられているんですよ。
ガイド:
これはちょっとショッキングですね…驚きました。
安井氏:
水の問題に限らず、こうした似非科学への無警戒というのは怖いことですよ。以前起きたあるあるの捏造事件なども、視聴者が似非科学を無警戒に信じてしまっていたことが一つの原因とも言えるのではないでしょうか。
何事に対してもですが、過不足なくバランス良く、というのが一番大事なこと。人間は複雑にできているのですから、これを飲んでれば健康、これを食べてれば健康、という単純なことは決してないのです。
ガイド:
何でも安直に信じてしまわず、本質を見極める目が必要ということなんですね。ではミネラルウォーターは悪なんでしょうか?
安井氏:
いえいえ、そんなことはありませんよ。ミネラルウォーターを真っ向から否定するつもりはありません。ただ、水道水が不安だとか、ミネラルウォーターの方が体に良いから、という理由で買うのは間違いだということです。
ジュースやお茶のように、あくまでその水自体の味を楽しむため、嗜好品のような感覚で買われるならば良いのではないでしょうか。
但し、ミネラルウォーターを買うならばなるべく国産のものを選んでください。フードマイレージ※を考えた時、輸入のミネラルウォーターにかかる環境負荷は相当大きなものになります。ぜひ環境のことも考えて、商品選びをしていただきたいと思います。
※フードマイレージ・・・食品の輸送距離のこと。食品の生産地と消費地が遠くなるほどフードマイレージが大きくなり、輸送にかかわるエネルギーがより多く必要になるために環境負荷も増大する。
安心して水を飲むには?専門家のおすすめは?
安心して水を飲むには?
ガイド:
では水道水をそのまま飲んでも全く問題がないということですね。
安井氏:
はい、その通りです。でも一つだけ懸念されることは、水道管から蛇口までの間の問題があります。
水道管には水道水同様、厳しい安全基準が設けられています。ですので戸建てにお住まいで、水道管から直接水を引いているという場合は何の心配もないでしょう。
ただ集合住宅の場合、水道管より先の各戸に繋がるまでの部分は建物の持主の管理下にありますので、ここから先はある程度自己責任ということになります。昔の管理の酷いビルやマンションなどは屋上の貯水タンクの清掃を怠り、水道水が不衛生になるということも実際ありました。現在はそこまでひどいことはまずないでしょうけれど、配管が老朽化して水道水に赤サビが混じって出てしまったり、という問題はあるでしょう。
ガイド:
集合住宅ではそのまま飲むのは危ない、ということになりますか?
安井氏:
いえ、危ないというほどのことはないですよ。健康に害がある心配はありません。
ただどうしてもそのままではなんとなく心配とか、味が気に入らない、ということであれば、中空糸タイプのような簡単な浄水器を付けて濁りだけ除去すると良いと思います。
ガイド:
最近は活性炭フィルターを利用したポット型の浄水器なども人気があるようですが。
安井氏:
活性炭を利用した物は、水の味は確実に美味しくなると思います。活性炭が塩素を吸着してくれますから。
但し、塩素を吸着してしまうということは滅菌効果が薄れるということですから、雑菌の繁殖は起きやすくなります。一番心配なのは、活性炭自体に雑菌が繁殖してしまうこと。きちんと使用期限を守ったり、衛生的に管理していないと逆に健康を害する心配がありますので、そこは気を付けた方が良いですね。
水道水を一度沸騰させるという方法も、同様に味は美味しくなりますが、塩素がとんでしまう分雑菌が繁殖しやすくなるというリスクがありますので気を付けて下さい。
ガイド:
なるほどそうなんですね。勉強になりました。私自身は集合住宅に住んでいて、今まで水道の蛇口に簡易的に取り付ける中空糸タイプの浄水器しか使用してなかったのですが、正直言ってなんとなく水に対する不安がありました。でもこれからは安心して水道水を飲むことができそうです。
水は私たちが生きていくために必用不可欠な大切なものです。でもその本質を知ることなく、なんとなく安心とか、なんとなく体に良さそう、といったことで「水を買う」という選択をしてしまっていたのかもしれません。
嗜好品として楽しむためのミネラルウォーターを除き、あえて日常的に飲用する水を買うことをしなければ、当然ながら節約にもなりますし、環境負荷も減らすことができます。
【関連リンク】
・水道水は安全か?下町の水を作る金町浄水場の見学に行ってきた
・市民のための環境学ガイド(安井氏のホームページ)