
お盆休みに、夫婦それぞれが自分の実家に帰る「セパレート帰省」も、すっかり根付いてきた。だが子どもたちがいる場合、どちらにどう連れて帰るかは人それぞれ。「失敗した」と思ったり、家族とは何なのかと考え込んでしまうできごとに遭遇したりした人たちもいるようだ。
それぞれ子連れでセパレート帰省することに
「今年は夫と日にちをずらすことができず、それぞれお盆のど真ん中に3日ずつ帰省することにしたんです」
共働きのヒナコさん(42歳)は、おととしも去年もセパレート帰省をしてきた。夫と日にちをずらし、それぞれの実家に戻るのは当事者だけ。その間、子どもたちは残った親と自宅で過ごす。
「祖父母に孫を会わせたい気持ちもあるんですが、自宅のローンや生活費にお金が出て行ってしまうので厳しくて」
だが今年は、日にちをずらすことができなかった。苦肉の策で思いついたのは、夫が8歳の息子と実家の北海道へ、ヒナコさんが4歳の娘と中国地方へ帰省することだった。
「きょうだいで別れてしまうけど、今年は我慢してねと言い聞かせました。でも子どもたちは楽しみにしていたようです」
夫たちは、親戚が空港に迎えに来てくれる歓迎ぶり。大きな寿司桶が置かれたテーブルで、息子がはしゃいでいる写真も送られてきた。
淡々とした様子の両親に戸惑う
一方、ヒナコさんたちは空港からバスで彼女の実家へ。家に戻ると、両親は畑で仕事をしていた。親戚も来ていない。
「今年は親戚たちも忙しいとかで、その日の夜に、ようやく車で1時間ほどのところに住む兄一家がやってきました。でも『暑いなあ』とビールばかり飲んでいる。テーブルには枝豆が山のようにありましたが、夕飯はどうするのか、やきもきしちゃいましたね」
夕飯、どうすると母に聞くと、「ありあわせでいいよ」と言う。それって私に作れということかなと言うと、「私は腰が痛くて」と母。
「仕方なく冷蔵庫にあるもので、肉野菜炒めを作りました。義姉もキッチンに来てくれたんですが、『ああ、よかった。私、来るときに魚を買ってきたから煮付けるわね』と。うちの両親、いつもあんな感じですかと聞くと、『私たちもあまり来ないから分からないんだけど……』ということでした。両親は別に機嫌が悪いわけでもなさそうでしたが、うちの娘にも淡々と接するだけ。会えてうれしいよとか元気だったとか、子どもの心に届くような言葉はないままで……」
夜になると、「ホテルにでも泊まるの?」と母に聞かれた。いや、ここに泊まらせてもらおうと思ったんだけどと言うと、母は「悪いけど布団がないのよ」と言った。
歓迎されていなかった
夏だから雑魚寝でいいと思ったが、環境が変わったせいか娘はなかなか寝つかない。平屋の一番奥の部屋を借りて、娘に絵本を読み聞かせ、ようやく寝かしつけた。
「翌朝起きると、兄一家はもういなかった。これから家族旅行すると早くに出掛けたんですって。なんだか私たちもいるのが申し訳ないような雰囲気になって、『じゃあ、私たちも』と言うと母はホッとしたような顔をしていました。最後に娘にお小遣いをくれましたが、何もしてあげられなくてごめんねという言葉は聞けなかった」
そういえば娘と一緒に帰省すると電話したときも「無理しなくていいよ」と言っていたのを、ヒナコさんは思い出した。よけいなお世話だけど、生活費、大丈夫? 母にそう尋ねると、母はようやく笑顔を見せた。
「大丈夫。食べるくらいは何とかなるからって。大変だったら言ってねと伝えたけど、こっちだって厳しいので大きなことは言えない。それがつらかったです」
幼なじみに救われた
帰りの飛行機は変更できないので、その後、ヒナコさんはレンタカーを借り、娘と二人旅をしたという。
「なんだか娘がかわいそうで。地元の観光名所を回り、途中で幼なじみに連絡してみたら、『ちょうどよかった。私、暇なのよ』と言ってくれて。あげく彼女の家に泊まらせてくれました。『うちはもう親もいないし、お盆も何もしないことにしてるの』と、一家4人で歓迎してくれたんです。うれしくて涙が出ました。彼女に実家でのことを話すと、『気にしない方がいいよ』って」
翌日も彼女の夫と子どもたちが、ヒナコさんの娘と遊んでくれた。その間、ヒナコさんは娘の笑い声を聞きながら、久々に幼なじみとゆっくり話もできたという。
「来年は、実家に顔を出してすぐうちに来ればいいよとまで言ってくれて。もつべきものは友達ですね。彼女は夕飯においしいお店に連れていってくれたので、そこは私が支払いました。彼女はそんなつもりじゃないと言ったけど、『私の気持ちが救われたの』と強引に払ったんです。本当にありがたかった」
帰宅後、それぞれの帰省の様子を報告し合いながら、せめて夫と息子が歓迎されてよかったとヒナコさんは心から思った。夫は夫で、「ヒナコの両親も何か大変なんだろう。時間があったら、今度手紙でも出してみたら?」と言ってくれた。
「『うちの親だって、一応、歓迎はしてくれたけど、本当は一家で帰ってくればいいのにと思っているかもしれない』と夫が言うんです。母親に『おまえの稼ぎが悪すぎるんじゃないの? ヒナコさんにつらい思いをさせてない?』と責められたと嘆いていました」
帰省するのも一苦労。離れて住む親と、どう接点を結んだらいいか分からなくなることもあるとヒナコさんは深刻な表情になった。







