金融教育家・田内学氏は、著書『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』の中で、「このままでは、円安も止まらず、物価はさらに上がっていくだろう」と指摘する。
今回は本書から一部抜粋し、円安や物価高の背景にある社会構造の変化、日本が長い時間をかけて失ってきた「力」について紹介する。
円安と日本が失った「力」
「責任者、出てこい」そう叫びたくなるのだけど、いったい誰に言えばいいのだろうか。
長い間、「円安は日本経済に良い」と言われてきた。その話を信じていたのに、円安が進むほど、生活はどんどん苦しくなっている。いったい、なぜなのか。その理由を、私たちは知らされていない。
2021年初頭に1ドル=100円程度だった為替レートは、2025年には1ドル=150円近くまでドル高・円安が進行している。ミカンを買う人が増えればミカンの値段が上がるように、ドルを買う人が増えれば、その価格も上がる。それが、ドル高・円安になる仕組みだ。
たとえば、スーパーマーケットで小麦粉を買うとき、レジで千円札を差し出す。しかし、小麦を生産するアメリカの農家には、その千円札は届かない。間の企業がその千円札でドルを買い、ドルで支払っているのだ。
アメリカ産の小麦が100ドルから200ドルに値上がりすれば、日本はそれまでの2倍のドルを用意しないといけない。鉄鉱石や石油を買うときも同様だ。ドルでの価格が上がれば、日本企業はより多くのドルを用意する必要がある。つまり、為替市場で「円を売ってドルを買う」動きが活発になる。これに日米の金利差などの要因も加わり、1ドルは100円から150円へと上昇した。
この円安が、私たちの暮らしにも跳ね返る。仮にアボカドの値段は、海外では1個1ドルのままだったとしても、日本のスーパーに並ぶときには、100円から150円に値上がりしているのだ。
では、なぜ日本はこれまで円安を歓迎してきたのか?
それは、かつての栄光を信じていたからだ。1980年代、「メイドインジャパン」が世界を席巻した。日本製の自動車や家電、半導体が海外で高く評価された。今ではiPhoneで音楽を聴くのが主流だが、当時は世界中の人が日本製のウォークマンを使っていた。
ウォークマンの価格が1万5000円だったとして、1ドル=100円なら海外価格は150ドルだが、円安で1ドル=150円なら100ドルにまで価格を下げられる。海外の人には割安に映り、売れ行きが伸びる。日本企業は潤い、給料も上がった。円安はたしかに追い風だった。
世界に誇れる商品が減った日本
でも、それはもう過去の話だ。今の日本には、世界に誇れる商品が少なくなっている。円安でも日本製品は売れない。それどころか、家電や機械、さらには魚介類など、かつて輸出していたものを今では輸入に頼っている。
特に、音楽配信やクラウドサービスなど、デジタル分野ではアメリカへの依存が進んでいる。
外国に売れる物が減り、外国から買う物ばかり増えた。当然、円安が進み、物価も上がった。私たちの暮らしは、確実に追い詰められている。だから「責任者、出てこい」と叫びたくもなるのだ。
円安の根本に何があるのか?
一般的には、物価上昇に給料が追いつかない理由として、円安や原材料の高騰が挙げられる。しかし掘り下げると、その根本には「人手不足」という現実が見えてきた。私たちが必要なモノを作る力が減り、世界が欲しがるモノを生む力も弱まっているのだ。さきほどのリクルートワークス研究所の報告書でも、「先端分野への人材供給が後回しになり、経済活動が一層停滞する」と警鐘が鳴らされている。
このままでは、日本が新しい価値を生み出す力は衰える。円安も止まらず、物価はさらに上がっていくだろう。
円安の本質は、お金自体の問題ではない。それは「人手不足という構造的な危機」そのものなのだ。
田内 学(たうち・まなぶ)プロフィール
社会的金融教育家。お金の向こう研究所代表。2003年東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社。日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。2019年に退職し、執筆・講演活動を通じて「お金と社会の関係」を伝える活動を始める。『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリを獲得した。







