鍋奉行の夫は、押しつけが強すぎる
ふだん、夫はほとんど料理をしないのだが冬だけは別。鍋物が大好きで、しかも鍋料理となると尋常でなく張り切ってしまう。エリカさん(40歳)は、鍋奉行の夫が10歳と7歳の子どもたちに対しても厳しすぎると感じている。「ふだんから、理想の家族を演じたがるタイプではあるんですが、鍋のときは特にひどいんです。それはまだ煮えてないだの、早く取り出せだの、熱くても頑張って食えだの、ちょっとむちゃがすぎる。下の子なんて涙目になっていることもあって……。『食事は楽しくしようよ』と言っても、鍋には鍋の流儀があるとか言っちゃって」
「鍋を囲む家族」に憧れをもっていた夫
実はエリカさんの夫は、子どものころ両親が離婚、親戚をたらい回しにされた経験があり、「鍋を囲む家族」に大きな憧れをもっていた。だからこそ、子どもたちに「理想の鍋料理とその食べ方」を押しつけてしまうのだろう。「父親が仕切り、子どもたちがわいわい食べる。それだけならいいけど、夫はルールが細かすぎるんですよ。私でさえうんざりするくらいだから」
最後の雑炊もまた、子どもに溶き卵を作らせながら文句ばかり言うらしい。そして食べ終わると「おいしかっただろ、楽しかっただろ」と子どもたちに押しつける。
「近いうち上の子が、鍋料理は嫌だと言い始めそうです」
夫にはたびたび注意もしているが、聞く耳をもたない。家族そろっての鍋料理は、夫にとって至福のときなのだろう。
夫の友人たちとの宴席に同席して
エリカさんは5年のつきあいを経て結婚した。夫は寂しい私生活を送ったが、明るく頑張るタイプなので友人が多い。「毎年12月は忘年会に明け暮れています。私も仕事をしているのですが、子どもたちが小さいころは夫は飲みに行き、私は忘年会1つ出られず家に帰るしかなかったからよくケンカになりました」
ところが今年は、下の子が小学校に入ったこと、夫の母が近くに越してきたことなどから、エリカさんも忘年会を満喫することができている。
「つい最近、夫の友人たちが夫婦で集まる会を開くと聞いたんです。学生時代、もっとも仲のよかった二人が、それぞれ夫婦で参加するから一緒に行こうと。私も彼女たちとは数回ですが会ったことがあるので、楽しみに出かけました」
外での夫は
だが料理が「鍋」と聞いて、嫌な予感がしたとエリカさんは言う。夫が外で鍋料理を食べることはほぼなかったからだ。「鍋は家族と一緒に家で食べる」ものだから。「私は夫が外でも仕切りたがるのではないかと不安でした。でも夫はほとんど手も口も出さなかった。そして仕切ってくれた夫の友人が、押しつけがましくもなくほどよい世話焼き加減で、とても感動しました。その友人の妻は、『夫は焼肉のときも、いつもこうやってくれるの。わりときちんと全員を見ているから、うちの親が一緒だと、本当にいいダンナさんだねってみんな大感動する。ふだんはチャラいだけの人なんだけど』と、自分の夫を褒めつつ笑いをとっていました」
エリカさんの夫は帰宅途中でも、口数が少なかった。友人を見て、自分の鍋奉行ぶりを反省しているのかと期待したのだが、実はそうではなかったようだ。
鍋を通じて知った夫の別の顔
「みんなと離れると、夫は『あいつは間違っている。鍋奉行の真髄を今度は知らせてやらなければ』とぶつぶつ言っていました。なんだか夫にちょっとがっかりしましたね。あとからそんなふうに言うなら、みんなにオレが仕切ると宣言すればいいじゃないですか。なのにできなかった。この人が威張れるのは家族の前だけなんだと分かってしまって……。会社でも上司にへつらい、後輩には偉そうにする人なんじゃないかと感じました。そんなところから家族の前以外での夫の顔を知りたくはなかったけど」家族の前での顔、友人との関係での顔、さらには職場での顔。男女問わず、大人はいろいろな顔を使い分けているものだ。ただ、そこにあまりにギャップがあると、信頼の問題になりかねない。
「夫のことが好きだから結婚したんですが、やはりどうも家族に対しては『世間体』や『見栄』を優先させることがありますね。近所の人が見ていると、いつもよりずっと子どもに甘くなったり、わざと近所の人の前で子どもと絡んで見せたり。いつもはしないことをして、『いい家族』を演じたがる。うちの両親の前でもそうやって装うことがあるので、私は少し怖いなと思っています」
10年一緒にいても、夫の本心が分からないことがあると彼女は言う。友人夫婦たちとの鍋料理で、夫の新たな面を知った気がすると少し不安そうだった。








