老後のためにどのくらいアルバイトすればいいでしょうか?
皆さんから寄せられた家計の悩みにお答えする、その名も「マネープランクリニック」。今回のご相談者は60歳、男性会社員の方です。関連会社に再就職したものの、仕事に心身ともに疲れ、退職を検討中。その際、老後資金はどの程度準備すればいいのか……。ファイナンシャル・プランナーの井戸美枝さんがアドバイスします。

■相談者
キタミンさん(仮名)
男性/会社員/60歳
東北/持ち家・一戸建て
■家族構成
妻(53歳)、子2人(ともに独立)
■相談内容
今年60歳で会社を定年退職し、関連会社に転籍しました。業界が斜陽産業で、リストラ話ばかりです。関連会社も同様で、心身ともに疲れ、61歳を機に退職を検討しています。 退職後は、アルバイトしながら、貯金を取り崩しつつ、年金が支給される65歳まで過ごしたいと思っています。趣味のスポーツや芸術活動を楽しみながら、慎ましく生活するつもりですが、現在の貯蓄で老後資金は足りるでしょうか? なお、65歳になるまでは企業年金が10万円ほど毎月支給されます。アルバイトでは月いくら稼げばいいでしょうか? 投資は国債、NISA、iDeCoで、株や国債の配当は年間10万円ほどあり、これは旅行代金に充てたいと思っています。自宅は築35年で、ローン残高はありません。
■家計収支データ
キタミンさんの家計収支データは図表のとおりです。

■家計収支データ補足
(1)希望退職時期
今年度末。
(2)毎月の生活費以外の支出(年間)
固定資産税10万円、自動車の維持費10万円、その他不定期の冠婚葬祭費、交際費、大きな買い物、修繕費用など。余った分は普通預金に残し、適宜、定期預金への入金やNISAの成長投資枠に投資。
(3)加入保険の保障内容
[相談者]
・終身保険(75歳払込終了、死亡200万円)=毎月の保険料5000円
・終身医療保険(65歳払込終了)=毎月の保険料9000円
・がん保険=毎月の保険料3000円
[妻]
・がん保険=毎月の保険料3000円
・医療保険=毎月の保険料3000円
(4)公的年金の受給額(額面・65歳以降)
夫/月額19万円(直近の「ねんきん定期便」より)
妻/月額7万円
(5)自宅の今後数年以内の修繕リフォーム予定
屋根の補修。5年以内、費用300万円。
(6)自動車の買い替え
現在の自動車を70代半ばまで使用。その後は手放す予定。
(7)退職後のアルバイト
相談者(夫・キタミンさん)以外に妻もする予定。妻の収入は月5万円程度を想定。
(8)退職後の生活費
基本的に生活費と今も大きく変わりはないが、「趣味娯楽費・3万円」をできれば1万~2万円増額を希望。
■FP井戸美枝からの3つのアドバイス
アドバイス1:想定どおりであれば老後資金は十分足りる
アドバイス2:介護・医療費と住宅リフォーム費がリスク要因
アドバイス3:収入や期間は決めず、無理なく長く働く
アドバイス1:想定どおりであれば老後資金は十分足りる
現在のお仕事を続けることが心身ともにきびしく、近く退職を考慮されているとのこと。まずはこれまでお疲れさまでした。退職はご自身のため、ご家族のために不可欠な判断だと思います。
さて、ご相談である退職後の老後資金の不安について、それを考える材料として、今後のキャッシュフローから見てみましょう。
ここでの試算の設定ですが、退職時期はご希望されている今年度末。便宜上、翌月の4月からご夫婦ともアルバイトをされるとします。アルバイト期間は、ご相談者のキタミンさんが公的年金受給となる65歳までとのことですから、奥さまも同期間(便宜上、アルバイト開始からちょうど4年間)とします。また、ご相談にある収入ですが、ハードルはあまり高くせず、夫婦合計で月10万円としました。
退職後、この間の生活費が、現在と変わらないとすれば、月25万3000円に固定資産税と自動車の維持費を加えて、年間323万6000円ですが、国民健康保険料(介護保険料含む)や住民税、その他、不定期支出も発生しますので、ざっと350万円とします。
アルバイト収入は年間120万円。これに企業年金を年間120万円受け取られますので、トータルで年間収支は110万円のマイナス。これが4年間で440万円。
一方、退職時の金融資産は、データから現在より200万円上乗せして3700万円とすれば、65歳の時点で手元に残る資金は3260万円。これに近々予定されている住宅の修繕(屋根修繕)300万円を差し引くと2960万円となります。
なお、年間10万円前後の株式などの配当金は、受け取る金額も期間も不確定のため、今後のキャッシュフローには考慮していません。言われるとおり、旅行代金などに充ててください。
65歳以降はご夫婦とも確定した収入は公的年金だけとなります。71歳まではご主人さんのみ。額面で19万円。この間の生活費が今とほぼ変わらないなら、これに所得税、住民税、国民健康保険料も加えて、年間収支をざっと150万円のマイナスとすると、6年間で900万円を貯蓄から取り崩します。
キタミンさん72歳からは奥さまも受給開始となります。ご夫婦合算で受給額は額面26万円。年間収支は40万円程度のマイナス。途中、自動車を手放し維持費はなくなりますが、その交通費で相殺されるとしても、先のアルバイト収入だけで、キタミンさん100歳のとき、まだ手元に960万円残る計算になります。
アドバイス2:介護・医療費と住宅リフォーム費がリスク要因
ただし、これはあくまで「発生する生活費が今と変わらない」を想定した場合です。実際には、先の試算では考慮していない支出のリスクがあります。
まずは介護・医療費です。
介護費用は介護区分や介護内容(在宅介護か施設入居か、など)で個人差はありますが、参考までに関連機関のデータを見ると平均で540万円ほど(※1)となります。また、医療費については、同様に個人差はありますが、厚生労働省によるデータのうち、60歳からその後にかかる医療費の患者負担額は平均209万円(※2)。しかも、ご夫婦であれば、単純計算ではありますが、かかる費用は倍になります。
ただし、これだけの金額を、老後の生活費とは別に確保することは、容易ではありません。それでも、特に奥さまの年齢が7歳下であること、平均寿命も女性の方が6歳長いことを考慮すると、介護・医療費として1000万円程度は別枠で確保しておきたいところです。
住宅のリフォームについては、キャッシュフローで、屋根の修繕工事に300万円の予算を入れていますが、それだけでは不足するリスクがあります。水回りや外壁、住宅機器(エアコン、給湯器機など)など、近いうちに修繕、買い替えの必要はないとしても、今後まだ20年、30年住む可能性があります。バリアフリーに対応したリフォームも考えられます。したがって、実際の住宅維持コストとして、その2~3倍は想定しておく必要があるでしょう。
結果的に介護・医療費、住宅リフォームに新たにトータル1200万円が必要とすると、先の試算では老後資金が足りるのはキタミンさん93歳まで。このとき奥さまは86歳。1500万円必要なら、足りる期間はさらに7年短縮されます。
つまり、こういったリスクを考慮すると、老後資金としては「ややリスクがある」という結論になります。
アドバイス3:収入や期間は決めず、無理なく長く働く
とは言え、想定リスクは必ず発生するわけではありませんし、ある程度まとまった老後資金は用意できるのですから、必要以上に不安視することもないと思います。
そこで、ご相談にある老後資金のためのアルバイトですが、「いつまでにいくら稼がなくてはならない」ではなく、「無理なくできるだけ長く働く」というスタンスが大事だと考えます。退職後も収入を得ることは必要ですが、だからこそ精神的に追い込まず、用意できる範囲で備えるということです。
先の試算では、ご夫婦ともアルバイトは4年間としましたが、70歳までさらに5年長く働けば、トータルで600万円老後資金が増えることになります。収入も、月10万円としましたが、もっと増えてもいいし、下がってもいい。例えば、寒い時期は一時的に休んでもいいと思います。自由に仕事を選べるのがアルバイトのメリットですから。
余談ですが、人出不足の今、私の地元にある公益財団法人シルバー人材センターは、仕事の種類も多く、時給も決して悪くありません。元気であれば、高齢になっても経験が活かせる仕事はそれなりにあると感じます。
そして、定年後も働くことには、収入以外に「社会とつながる」「人とつながる」というメリットがあります。もちろん、実際に働いてみないと分からないこともありますし、面倒なこともゼロではないでしょう。それでも、働いて収入を得ることは、どこかで「人に役に立っている」ことでもあります。生きがいや老後をより豊かにする側面があると思います。
もちろん、得た収入を全て貯蓄するのではなく、希望される「趣味娯楽費の1~2万円増額」に回されても構わないでしょう。
加えて、細かい部分ですが気になることを2点ほど。
まず、資産運用ですが、特定口座で保有されている個別株は、NISA制度以前から保有されているかもしれませんが、できれば非課税保有限度額(1800万円)まではNISAのメリットを活かすことをお勧めします。
また、iDeCoは受け取りに注意が必要。一時金での受け取りでは退職所得控除、年金の場合は公的年金等控除がそれぞれ適用となりますが、いずれも、このまま積立を継続すると、控除額を超えて課税対象となる可能性があります。
老後生活では、いかに税金を抑えるかが重要な家計防衛となりますので、事前に試算してみてください。
あと加入保険ですが、キタミンさんの終身保険は必要かどうか。月5000円ですが、あと15年支払うことになります。払済み保険にして、保険料を貯蓄に回してもいいのでは。終身医療保険も、内容までは分かりませんが、すでにがん保険にも加入されていますし、同様に支払っていた保険料を貯蓄に回し、今後の医療費に回す。
医療保険はそれでかかる医療費が全てカバーできるわけではありません。国民健康保険にも加入しているのですから、保障は最小限でもいいのではないでしょうか。
(※1)公益財団法人生命保険文化センター「2024年・生命保険に関する全国実態調査」より平均の月額費用と介護期間などで割り出した金額
(※2)厚生労働省・令和7年5月発表「余命にかかる医療費(令和4年度)」より
相談者「キタミン」さんより寄せられた感想
的確かつ詳細なアドバイスをいただき、大変ありがとうございます。介護や医療、自宅の修繕の費用について、とりわけ心配していましたが、ご指摘は大変参考になりました。これまで自分で老後の費用を試算してみたものの、自分に都合よく試算してしまいかねず、早期に退職することが不安でした。アルバイトも夫婦2人で月10万円ということであれば、思っていたよりハードルが下がり、ほっとしました。これからは無理せず、ゆったりと、夫婦2人で楽しむことを最も大切にしたいと思います。
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教えてくれたのは……
井戸美枝さん

CFP®、社会保険労務士。講演や執筆、テレビ、ラジオ出演などを通じ、生活に身近な経済問題をはじめ、年金・社会保障問題を専門とする。社会保障審議会 企業年金・個人年金部会委員歴任。国民年金基金連合会理事。「難しいことでもわかりやすく」をモットーに数々の雑誌や新聞に連載を持つ。『知らないと増えない、もらえない妻のお金新ルール(講談社)『ゼロ活 お金を使い切り、豊かに生きる!』(扶桑社)『私の老後のお金大全』(日経B P社)など累計刊行96万部。
取材・文/清水京武







