『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』(町田忍監修)では、庶民文化研究の第一人者の監修で、図解と豊富な資料写真を使って、昭和の本当の姿を伝えています。今回は本書から一部抜粋し、その時代の娯楽の変遷などについて紹介します。
自宅にファミコンが来た日の衝撃
昭和58年(1983年)7月、任天堂が発売したファミリーコンピュータ、通称ファミコンは、昭和の遊び文化を大きく変えました。それまで子どもたちの遊びといえば、空き地や公園での野球、缶蹴り、駄菓子屋めぐりなど、外に出て楽しむものが中心でした。しかしファミコンの登場によって、「遊びが家のなかにやってくる」という新しい体験が一気に広がったのです。発売当初はソフトも限られていましたが、昭和60年(1985年)には『スーパーマリオブラザーズ』などの大ヒット作が登場し、家庭用ゲーム機は爆発的に普及しました。そうして、全国の子どもたちの多くが自宅でテレビゲームを楽しむようになり、家庭の娯楽としてすっかり定着しました。そのなかでも、ファミコンは国内累計1900万台以上が販売され、ソフトも数百種類にのぼりました。
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家庭に遊びが持ち込まれたことで、親と子の関係や学校生活にも変化が生まれました。「ゲームは1日1時間」といった標語が生まれるほど、やりすぎへの心配が社会的な議論となったのです。宿題や睡眠よりもゲームを優先する子どもが続出し、ゲームソフトの貸し借りや攻略法の教え合いなど、新しいコミュニケーションも広がりました。
レジェンド選手が勢ぞろい! 昭和のプロ野球の魅力
戦後の娯楽が少なかった日本で、プロ野球はもっとも身近に熱狂できる存在でした。スター選手たちの活躍が人々を魅了し、野球はまさに、国民的スポーツとして定着しました。この時代、プロ野球の礎を築いたのが読売ジャイアンツの長嶋茂雄と王貞治です。長嶋は華やかなプレーで「ミスタープロ野球」と呼ばれ、王は世界記録となる本塁打868本を放ち「世界のホームラン王」と称されました。ふたりの存在は、勝敗を超えて国民の憧れそのものとなります。 テレビの普及とともに彼らの活躍が家庭へ広がり、野球は時代の象徴となっていきました。そんな熱気を体現する言葉が「巨人・大鵬・卵焼き」。高度成長期の勢いが、プロ野球人気をさらに押し上げたのです。
また、ほかにも個性豊かなスター選手が次々と登場します。阪神タイガースの村山実や掛布雅之、広島東洋カープの山本浩二や衣笠祥雄、阪急ブレーブス(現在はオリックス・バファローズ)の山田久志や福本豊など、地方球団からも全国区の人気選手が現れました。
当時は、ゴールデンタイムにプロ野球のナイター中継が放送されるのが定番。さらに、人気選手はCMや漫画にも登場し、その活躍ぶりは絶大でした。そしてゲームやブロマイドにも裾野を広げ、どんどんと日常に浸透していきました。
町田 忍(まちだ・しのぶ)プロフィール
1950年東京都目黒区生まれ。和光大学人文学部芸術学科卒業。在学中の博物館実習をきっかけに博物学に興味を持つ。卒業後は約1年半、警視庁警察官として勤務したのち、庶民文化における風俗意匠を研究。チョコレートや納豆ラベルなどのパッケージ収集は2000枚を超える。著書に『戦時広告図鑑』(WEVE出版)、『納豆大全』(小学館)、『町田忍の銭湯パラダイス』(山と渓谷社)など多数。現在はエッセイスト・写真家・庶民文化研究家として幅広く活躍。








