『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』(町田忍監修)では、庶民文化研究の第一人者が監修。今回は本書から一部抜粋し、昭和を知る人には懐かしく、知らない世代には驚きの連続となる「昭和の本当の姿」の中でも、街について紹介します。
空前のアイドルブーム 街中みんな同じ髪型だった
昭和時代、テレビをつければ必ずといっていいほどアイドルが映っていました。 歌番組、 学園ドラマ、バラエティ……あらゆるジャンルに登場し、その存在感はまさに国民的なものでした。昭和48年(1973年)には山口百恵、桜田淳子、 森昌子の「花の中三トリオ」がブレイク。その後も松田聖子や中森明菜といった女性ソロアイドルが登場し、時代ごとに代表的なアイドルが移り変わっていきます。 男性では郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹の「新御三家」にはじまり、 「たのきんトリオ」や「少年隊」へと続く人気の系譜がありました。 その影響力はテレビのなかだけにとどまらず、街や学校にも波及していきます。 女子中高生の間では「聖子ちゃんカット」が流行し、男子もお気に入りのアイドルの髪型や服を真似するのが定番でした。
雑誌の切り抜きを下敷きに挟んだり、歌番組で発表された順位をノートにつけたりと、今でいう「推し活」に近い文化もすでに存在していました。情報源は限られていたものの、アイドルに夢中になる気持ちは、令和の今にも通じるものがあります。
>昭和の後期に次々と誕生したアイドルたちを見る
また、アイドルは同時に「売れる顔」でもありました。 文具や駄菓子から家電まで、あらゆる分野の広告で起用され、 「アイドル=ブランド力」の時代を築いたのです。
インパクト強めな昭和時代の「働くクルマ」
昭和の街を歩けば、見た目や音、においで強い印象を残す 「働くクルマ」 がそこかしこを走っていました。 それらはただインパクトがあるだけでなく、生活やインフラを支える重要な存在でもありました。たとえば、大きなタンクが目印のバキュームカー。 主にし尿を回収するための車両で、独特な色とにおい、吸引音で強い存在感を放っていました。 昭和中期に水洗トイレが普及しはじめるまで、多くの家庭のトイレは汲み取り式だったため、バキュームカーは衛生環境を保つ役割を果たしていたのです。
遺体の入った棺(ひつぎ)を運ぶ霊柩車(れいきゅうしゃ)もまた、印象的な存在でした。 現代の霊柩車はシンプルで、一般車両とほとんど見分けのつかないバン型が主流ですが、昭和は彫刻や装飾が施された 「宮型」と呼ばれるタイプが一般的。 その荘厳な姿は非常に目を引きました。
また、前輪が1つと後輪2つで走るオート三輪は、昭和25年(1950年)頃に小口輸送や配達に活躍。四輪トラックに代わられるまで、身近な運搬車として商店街などでよく見られました。 このほか、ボンネットバスも昭和を代表する働くクルマです。 地方路線や観光地で運用され、車体前部にエンジンを積んだボンネットタイプという古風な姿が特徴的でした。
町田 忍(まちだ・しのぶ)プロフィール
1950年東京都目黒区生まれ。和光大学人文学部芸術学科卒業。在学中の博物館実習をきっかけに博物学に興味を持つ。卒業後は約1年半、警視庁警察官として勤務したのち、庶民文化における風俗意匠を研究。チョコレートや納豆ラベルなどのパッケージ収集は2000枚を超える。著書に『戦時広告図鑑』(WEVE出版)、『納豆大全』(小学館)、『町田忍の銭湯パラダイス』(山と渓谷社)など多数。現在はエッセイスト・写真家・庶民文化研究家として幅広く活躍。








