“問題がある職場の人たち”についての具体事例とあわせて解決策を解説する『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(舟木彩乃著)から一部抜粋し、自分が理想とする仕事とは程遠い現実を受け入れられない「他責傾向の部下」の事例について紹介します(全2回の前編)。
事例|「あの上司では私の能力を活かせません」他責傾向の部下
学校を卒業していざ社会に出てみると、現実の仕事は学生時代に思い描いていたようなものではなかったというのは、よくある悩みのひとつです。多くの人は悩みながらも、仕事や職場に慣れていくうちに、自分なりのやりがいを見出したり組織に愛着を持ったりして、健全な気持ちで理想と現実のギャップを埋めていきます。しかし、自分が理想とする仕事とは程遠い現実を受け入れられず、仕事のときだけうつ病のような症状が出てしまう人もいます。このような部下に対して、上司はどのように関わればよいのでしょうか?
杉田さん(仮名、男性40代)は、広報部門で8名ほどのメンバーを取りまとめているリーダーです。そのなかの一人に、入社して2年目になったばかりの社員Qさん(女性20代)がいます。
彼女は、学生時代から学祭やミスコンなどを企画する広報研究会に所属していたこともあり、就職活動を始める前から広報の経験を活かせる企業に入ろうと決めていました。
彼女が入社した今の会社は食品メーカーでしたが、彼女の強い希望が通って、夢であった広報部への配属が決まりました。最初は張り切っていたQさんでしたが、入社して半年ほど経った頃から、見るからに元気がなくなっていきました。
杉田さんは、上司としてそんなQさんのことを心配していました。しかし、彼女は職場では元気がないものの、仕事終わりや休日に食事会やスポーツ、旅行などを仲間と楽しんでいる様子を、SNSに頻繁に投稿していました。
そのため、しばらく様子を見ることにしていたのですが、次第にQさんの遅刻が多くなってきたため、彼女と面談をしたということです。
トラブル発生|「スキルを活かせない」不満
Qさんに仕事について思っていることなど率直に話してもらったところ、「今の仕事は入社前に思い描いていた内容とは違っていて、これでは私のスキルを活かせないと思います」と言われました。Qさんの考えていた広報の仕事は、いわば企業の「顔」として情報を発信することです。SNSを駆使して最新の情報を伝えたり、新商品のプレスリリースを作成・配信したり、イベント情報を報道機関に伝えて取材の調整をしたりすることでした。
このような広報の仕事もたしかにありますが、かなり高度なスキルが要るため、杉田さんや部内のベテラン社員が担当していました。
これまで、新卒で入社したQさんには広報の全体像を把握してもらうため、イベントの手伝いや新商品発表に至るまでの下準備を手伝ってもらっていました。
しかし、彼女には、そのような補助的な業務しかできないことが不服だったようです。杉田さんや部署の先輩メンバーは、Qさんに仕事を指示するときには、その意図や目的を丁寧に説明するようにしていました。
なので、彼女は理解や納得をしたうえで仕事をしているものと思っていましたが、本人の口から出た言葉は、「本当はもっと私の能力を活かせる仕事がしたいんですよね」というものでした。
しかし、杉田さんから見れば、Qさんの能力と経験からみて、任せられる業務は限られていたといいます。
それで、「もう少し今の仕事で勉強しながら、少しずつ挑戦していきましょう」といった類いのことを言うと、彼女から「うちの部署では、なんか私が下みたいな感じですね……」という言葉が返ってきました。
杉田さんが驚いて、「え、下ってどういう意味なの?」と聞いたところ、「いえいえ、なんでもないです。気にしないでください」と返事したそうです。
「学歴が低い上司が上から目線で……」という本音
結局、この面談の後もQさんの勤怠は遅刻が多いまま変わらなかったこともあり、杉田さんから筆者に、Qさんについて相談がありました。ひと通り話を聞いた後、Qさんの遅刻が続いていることについて、どういったことが原因なのか、悩みごとがないかなど、筆者が彼女本人と面談をすることになりました。
Qさんは、話してみると自分の考えをハキハキ話すタイプで、筆者との面談では元気がないという印象ではありませんでした。しかし、出勤日の朝になると、とにかく起床がつらく身体が重い感じがして、起き上がれないほどだということです。
このような症状は休日には出ないようで、本人は「たぶん、自分のスキルを活かせない仕事でストレスが限界にきているのだと思います」と説明していました。
また、職場の人間関係について、言いにくいのですが……と前置きしたうえで、「上司(杉田さんのこと)は、私よりも学歴が低いんですよね。でも上から目線な感じが強くて」とも話していました。
「杉田さんは、Qさんの上司なので指導する立場だけれど、言い方が厳しいということ?」と聞き返しましたが、「杉田さんでは、私の能力を活かせないような気がします」という回答でした。
Qさんとしては、自分が思い描いていた理想の広報の仕事を任せてもらえていないことに、不満を感じていたということでしょう。
Qさんの背景には、自己過大評価(自分の能力を過大に見積もる)や承認欲求の強さがありそうです。また、理想と現実が違うことについて、上司が自分の能力を活かせないという他責思考で、欲求不満を埋めているようでした。
この時点では、出勤日は食欲や睡眠などにも良くない影響が出ていたことから、様子を見て精神科への受診も検討することとなりました。
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【後編】では、筆者が考えるQさんの心理と、職場としてどう対応するべきかを解説します。
舟木 彩乃(ふなき・あやの)プロフィール
心理学者(ヒューマン・ケア科学博士/筑波大学大学院博士課程修了)。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」/筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻長賞受賞。メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。官公庁カウンセラーでもあり、中央官庁や自治体での研修・講演実績多数。文理シナジー学会監事。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタント技能士2級などを保有。Yahoo!ニュース エキスパート オーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。







