競歩で使用するにはちょうどいいシューズ
この「METASPEED」シリーズのシューズには、「METASPEED SKY」と「METASPEED EDGE」があり、いずれもマラソンなどの長距離ランニング用に開発されたシューズ。ただ、「ヴェイパーフライ ネクスト%」のような癖のあるソール構造ではなく、また反発力はそれなりにあるものの、asicsの技術によりシューズや足首をしっかり安定させながら走れるため、競歩で使用するにはちょうどいいシューズでした。
METASPEED EDGE ※画像:asics 公式Webサイト
ただし、比較的競歩に適しているとはいえ、こうした厚底シューズに合わせた歩き方やフォームの改良などが必要となるため、競歩選手らは1~2年ほどかけて徐々に対応していきました。その後、20・35km競歩どちらも厚底シューズによって世界記録が更新されました。
このような競歩ならではの厚底シューズ事情がある中、今回の東京2025世界陸上の競歩35kmで見事銅メダルに輝いた勝木選手は、先に紹介したasicsの厚底シューズではなく、ミズノの厚底シューズ「ウエーブリベリオンプロ3」を使用していました。これは、大変珍しいシューズなのですが、実はこのシューズの特許テクノロジーが、まさに競歩にうってつけだったのです。
日本人向けの技術が競歩にはハマった
勝木選手が履いていた「ウエーブリベリオンプロ3」はかなりマニアックなシューズで、マラソンなどの長距離用シューズではあるものの、2025年の箱根駅伝では、200人以上のランナーがいるなか誰もこのシューズを履いていませんでした。マラソンでもこのシューズを履いている選手はほとんど見かけませんが、大変ユニークで優れたシューズなのです。
「ウエーブリベリオンプロ3」の最大の特徴は、かかとがほとんどないことです。ミズノが取得した特許技術(特許第7654616号、特許第7428691号)による特殊なソール構造が用いられているのですが、特許図面(図1)でもかかとがほとんどないことが分かります。

図1:「ウエーブリベリオンプロ3」のソール構造 ※画像:特許情報プラットフォーム
フォアフット走法がしっかりできると、着地衝撃を和らげることができ、筋肉への負担も軽減することができます。ケニアのランナーなど、マラソンの世界トップレベルの選手はこのフォアフット走法で走っている選手が比較的多いです。
しかし日本人は、ケニア人と比べて骨盤があまり前傾していないことや、アキレス腱が太くないこともあってか、フォアフット走法で走れるランナーは少なく、トップレベルのランナーでも割合としてはかかと着地のランナーが多いです。
そうした日本人ランナーの性質を踏まえて、「ウエーブリベリオンプロ3」のソール構造は、かかと着地の日本人ランナーでもフォアフット走法で走れるようにしたという特許技術なのです。
具体的には、次のような効果を有しています。
筆者もこのシューズを持っていますが、実際に履いてみると、確かに重心がすばやく前に移動する効果のおかげか、あまり地面を蹴らなくてもスイスイと前に進むことができるのです。1:図1のソール構造にすることで、接地時にすばやく前方への転がりに移行でき、重心をすばやく前にもっていくことができるため、推進力が生まれ、且つ前足部での接地を促し、かかと側での接地を防ぐことができる。
2:図1のソール構造にすることで、接地後にかかとが下がる動きを抑制できるため、ふくらはぎ周辺の筋肉やアキレス腱への負担も軽減できる。
非常に不思議な感覚のシューズなのですが、地面をあまり蹴らずにスムーズに前進できる構造のため、競歩に使用した際に、厚底シューズでありながら比較的両足が浮きにくく、それでいて厚底シューズの反発力を前方向への推進力にスムーズにもっていけるので、スイスイ安定して歩くことができ、とても競歩に向いていると思われます。
このシューズですばやく歩くときの感覚は、動く歩道で歩いているときのそれに近いものがあります。
このように、競歩に適した特許技術が用いられた厚底シューズ「ウエーブリベリオンプロ3」をうまく用いたことも、勝木選手が今回銅メダルを獲得できた要因の1つではないかと筆者は考えます。
厚底シューズというと、NIKEやadidasといった海外メーカーによるものが目立っていますが、ミズノやasicsといった日本メーカーも非常に素晴らしい技術を用いた厚底シューズを開発しています。今後も日本メーカーの優れた技術によって、日本人選手が活躍する姿に期待したいです。
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