『お金のニュースは嘘ばかり 厚労省・財務省から外国人投資家まで』は、年金からNISAまで、日本のお金にまつわるニュースを取り上げ、政治・官僚・マスコミの俗説・空論を人気の経済学者・高橋洋一氏がぶった切る一冊です。
今回は本書から一部抜粋し、大学学費の値上げ問題に潜む欺瞞(ぎまん)について紹介します。
世界から取り残される、日本の異常な学費論
2025年4月から、東京大学の授業料が53万5800円から64万2960円に値上げされました。同年3月、中央教育審議会の特別部会で伊藤公平・慶應義塾長が「国立大学の授業料を150万円程度に引き上げるべきだ」と語りました。「高度な大学教育を実施するには、学生1人当たり年間300万円は必要」であり、その半分にあたる150万円を家計負担にするべきだ、とのことです。
国立大学の学費を従来の年間53万5800円から3倍の150万円に上げる、という話は、はたして適切なのでしょうか?
まずは、世界の大学における授業料を比較してみます。
全体の傾向として、欧州の国公立大学は無償または安価であり、米国の国公立大学は総じて高めということができます。
デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンなど北欧各国では、国公立大学は無償です。さらに、フィンランドやスウェーデンでは私立大学も無償化されているという。ドイツでも一部の州で管理費を払う大学はありますが、他の国公立大学は無償です。
フランスでは、登録費を除いてあらゆる公教育の無償化が憲法前文に明記されています(「国家は子ども、大人に教育、職業訓練、文化への平等なアクセスを保障する。すべての段階における無償、非宗教的な公教育の組織は国の義務である」)。
卒業後に学費を支払える英国やオーストラリア、ニュージーランドのような国もあり、完全無償化ではないスペインやイタリアも、授業料は安めに設定されています。
家計に負担を押し付ける、財務省の歪んだ論理
他方、米国では日本の短大にあたるコミュニティカレッジを除き、国公立大学の授業料はおしなべて高い。むろん大学によって異なりますが、私立のトップ大学では年間5万ドル(725万円)以上、平均的私大でも4万ドル(600万円)、州立大学では州外者が2万ドル(290万円)、州内者1万ドル(145万円)程度がだいたいの相場です。
日本の東京大学の例は、米国タイプの教育政策を志向したものといえるでしょう。
じつは筆者が東大に入ったときも、学費値上げがありました。入学時3万6000円だった国立大学の授業料が、卒業時には18万円になっていました。何と5倍増です。
日本やアメリカのように、公費負担を減らして授業料を増やす政策の背景の一つは、親が子どもの学費を払うという考え方が根強い点があります。
たとえ大学教育であっても、親が子どもの教育を負担するのは当たり前、という社会風潮があります。
未来への投資を怠る、国家の怠慢
もう一つの理由は、財務省の思惑です。公費を減らして民間負担を増大させることに、何のためらいもない。筆者が経験したような5倍増もの引き上げをいきなり行なうのは、いかにも当時の大蔵省が考えそうな発想です。
ただし、当時の大蔵省にも高等教育の授業料引き下げや無償化を考える人たちはいました。たとえば「教育国債」を発行して親の負担を減らす、というアイデアも生まれています。
教育を一つの「投資」と考えれば、「子どもを大学に通わせることは投資効率が高い」と考えるのは、親のみならず国も同じです。たとえ教育国債の発行で高等教育の学費を公的に負担しても、彼ら、彼女らが成長して高い所得を得るようになれば、所得増として国庫にリターンが来ます。
言い換えれば、教育国債は無償化または安価な教育負担を志向する意味で、欧州タイプの政策です。
現在、米国タイプの授業料値上げを進める日本への提案として、欧州タイプの教育国債発行を掲げるのも、政策論としてはありえます。
筆者は世界全体の状況を見て欧州タイプが趨勢(すうせい)で実行も簡単だと考えますが、日本では前述の大蔵省=財務省の思惑もあり、教育費を家計に押しつける傾向が強い。
しかし、そもそも公費負担の拡大による財政破綻というロジックが嘘である以上、財務省への忖度なしに欧州タイプをめざすのも一つの道でしょう。
高橋洋一(たかはし よういち)プロフィール
株式会社政策工房会長、嘉悦大学教授。1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。80年、大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1次安倍内閣ではブレーンとして活躍。2008年に『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞を受賞。