東大合格者数が100名を突破するなど躍進を遂げる聖光学院校長・工藤誠一先生は、著書『男子が中高6年間でやっておきたいこと』の中で思春期に必要な真の教育について語っています。
今回は本書から一部抜粋し、子どもの将来性を伸ばす「多様な人間関係」と、一見「ムダ」に思える時間の重要性について紹介します。
中高生時代はできるだけ多くのコミュニティに
中高生時代は、できるだけたくさんのコミュニティに所属させることを勧めます。学級や学年、生徒活動のチーム、私的なグループも含め、学校の中には大小さまざまなコミュニティがあります。もちろん、校外に目を向けてみても良いでしょう。習いごとやスポーツチーム、ボランティア活動など、地域には、中高生向けのさまざまな活動の場があります。
複数のコミュニティに所属すると身に付くのが、多様な相手とちょうど良い距離感の関係を築くコミュニケーション力です。
自分とは違う人間と何事かを成し遂げるのですから、コミュニケーションは一筋縄ではいきません。当然、ぶつかることも出てきます。
言いすぎたと謝ったのに、相手が良い顔をしていないことに気づいたり、そこからまた言い合いになったり、そのせいでチームの雰囲気が悪くなったり……といった場数を踏んでいくうちに、相手との間合いをはかりながら声をかけたり、激昂しそうになったときに空気を読んで踏みとどまったりすることができるようになっていきます。
泥くさい体験を重ねるのが大事
また、チーム内で揉め出すと、当事者同士がカッカしているときに、うまく取りなしてくれる子が必ず出てきます。そんな友達の姿から学ぶことも多いものです。そういう泥くさい体験を重ねながら、人とのちょうど良い距離感をつかんでいきます。これは、仲良しグループのように固定化した単一のコミュニティだけにいては、なかなか得られない体験です。
複数の場を持つことで、野球部では部長としてリーダーシップをとる生徒が、体育祭ではスタッフとしてフォロワーシップに徹するなど、さまざまな立ち位置を学ぶことができます。
これからの時代、時に応じてリーダーにもフォロワーにもなれる資質が必要ですから、両方知っているというのは強いものです。没頭しすぎて勉強はそっちのけ、というときもあるかもしれませんが、貴重な学びの最中だと捉え、そこはしばらく見守ってあげてください。
一見ムダと思える時間を大事にしてほしい
子どもには幸せになってほしいから、できるだけたくさんの能力を身に付けてほしい、そのための体験ならばいくらでもさせてあげたい。子どもの教育にかける親の思いとはそういうものでしょう。しかしそれが行きすぎて、今の日本の小学生の放課後は、多忙を極めています。こうした傾向を見ていると、自分や子どもの人生を、コントロール可能なものとして捉えすぎてはいないかと、少々気がかりです。
全部が予定通りというわけにはいかないのが私たちの人生です。「こんなに頑張ったのに実らなかった」ということもあれば、逆に、「たまたまこんなきっかけがあってうまくいった」ということも起こり得ます。
宇宙飛行士の大西卓哉さんが宇宙への扉を開くことになったきっかけは、偶然見つけた宇宙飛行士の募集広告でした。
セレンディピティが起こりやすくなるのはこんな時
偶然の出会いは、自分を導く「ご縁」になり得るのです。子どもには、偶然を味方につけ、ご縁へとつなげる力を育んであげたいものです。近年、ビジネスの世界でも「セレンディピティ」といって偶然の生み出す価値に気づく力が注目されています。セレンディピティが起こりやすくなるのは、いつもと違うことをしたり、多様な価値観をもつ人と接したときだといわれています。行動や環境を柔軟に変えていける力が、ここでも必要なのです。
偶然を味方につけるには、心のゆとりも大切です。心のゆとりがなければ、ご縁の種が目の前を通り過ぎても気づくことはできません。
いつもと違う道を通って帰ってみたり、普段は寄らない本屋に寄ってみたりと、ムダとも思える時間の中に、偶然の出会いは潜んでいるものなのです。
工藤 誠一(くどう せいいち)プロフィール
1978年に母校の聖光学院中学校高等学校に奉職。事務長、教頭を経て2004年、校長就任、11年から理事長にも就任。さゆり幼稚園園長、静岡聖光学院理事長・校長を兼務。神奈川県私立中学高等学校協会、私学退職基金財団、神奈川県私立学校教育振興会、横浜YMCAの各理事長、日本私立中学高等学校連合会副会長などの要職を務める。2016年、藍綬褒章を受章。