全国屈指の東大合格者数を誇る聖光学院の校長として知られる工藤誠一先生は、著書『VUCA時代を生き抜く力も学力も身に付く 男子が中高6年間でやっておきたいこと』でVUCA(ブーカ ※不確実な)時代を生き抜くために必要な真の教育を語っています。
今回は本書から一部抜粋し、子どもの視野を狭めてしまう意外な家庭環境と、やる気を削ぐNGワードについて紹介します。
「夫婦(家族)の価値観がぴったり」の落とし穴
「うちは夫婦(家族)の価値観がぴったりで喧嘩をしたことがない」という方も中にはいるかもしれません。しかし、それはそれで、別のことに注意が必要な場合があります。それというのも、同じ価値観の人が家に複数いると、子どもとしては少々息苦しいのです。特に、それが子どもに対して発揮されると大変なことに……。
例えば、学校に行きたくないときに、「学校に行くのは当たり前だろう、早く行きなさい」などと、家族から責められたらひとたまりもありません。別の考えを言う人がいないので、子ども自身も家族の価値観を自動的に取り入れてしまい、絶対的な規範として内面化することにもつながります。
大人も、複数人が揃って同じことを言っているうちに、それが正しいのだと思い込み、視野を狭めてしまいがちです。
かえって、家族の意見が多少食い違うぐらいのほうが、人には異なる考え方があるのだということを子どもも実地で学べて良いでしょう。
とはいえ、子どもの目の前で子育て方針のぶつかり合いが起きてしまうのも、それはそれで問題です。子育てに関しては、家族の誰かがフロントに立ち、他方がフォローに回る、テニスのダブルスのようなチームワークで臨むのがいちばん良いのではないかと感じています。
また、おひとりで子育てされている保護者の方の場合は、ぜひ学校も頼ってください。自分1人の意見、考えでさまざまな決断をしなければならないのは、不安になるときもあると思います。迷われたり、悩まれたりしたときは、普段の子どもの姿をよく見ている担任などの客観的な意見を聞くと良いでしょう。
保護者の方とはまた違った別なベクトルの意見になるはずですから。そして、その意見を子どもと共有することで、子どもの視野も広がっていきます。
子どもが勉強しない時、責めてはいけない
勉強をしないお子さんを、「こんなに高い授業料を払ってやっているのに」と言って責めてしまったことはありませんか?学費の高い私立中高はもちろん、公立だとしても、塾代など、子どもを学校に通わせるためには、さまざまな費用がかかります。親としては、本音半分、本人の反省を促したい気持ち半分といったところなのでしょう。
しかし、残念ながら、その言葉では子どもはまず発奮しません。最も多いのは、「俺が頼んだわけじゃない」という反応でしょう。
「本人が行きたいと言うから受験させたのに」と親側は言いたくなるかもしれませんが、そこに至るまで多少なりとも親のリードや方向付けがあることを、子どもはよく見抜いています。
おそらく、「そう思うなら最初から受けさせなければ良かったじゃないか」という反応が返ってくるだけでしょう。
親の言葉を真正面から受け止めて悩んでしまう子も
親の苦労も知らないで、と言いたくなる気持ちもよくわかりますが、子どもとしても、そう返すしかないやるせなさがあります。また、逆に、親の言葉を真正面から受け止めて悩んでしまう子どももいます。親がことあるごとに、授業料が高いと愚痴を言っていたために、子どもがそのことを気に病んで思い詰め、学校を退学したいと言い出すケースもあるのです。
家庭内が安定していることは、やはり、子どもの心の安定に大きく寄与しています。
衣食住に不足がなく、安心して学業を修められる環境を用意するのは並大抵のことではありませんし、皆さんは日々その役割を、見事に果たしているわけです。
それならば、学費などの費用のことを持ち出すのはいったん仕舞って、勉強への取り組み方についてなど、本来伝えたい発展的なことを伝えるほうに気持ちを切り替えてみてはいかがでしょうか。 工藤誠一(くどう せいいち)プロフィール
1978年に母校の聖光学院中学校高等学校に奉職。事務長、教頭を経て2004年、校長就任、11年から理事長にも就任。さゆり幼稚園園長、静岡聖光学院理事長・校長を兼務。神奈川県私立中学高等学校協会、私学退職基金財団、神奈川県私立学校教育振興会、横浜YMCAの各理事長、日本私立中学高等学校連合会副会長などの要職を務める。2016年、藍綬褒章を受章。