東北大学加齢医学研究所教授で脳科学者の瀧靖之さんの著書『本当はすごい早生まれ』では、早生まれの子どもたちが持つユニークな可能性や、現代社会における「個別化」の重要性について、科学的な知見と具体的な事例を交えながら解説しています。
今回は本書から一部抜粋し、なぜ「早生まれ」であることが、時に「標準化された競争」から距離を置き、自分の好きなことを見つけて才能を伸ばすチャンスに繋がるのか、そして芥川賞・直木賞の選考委員に早生まれが多いという驚きの事実について紹介します。
早生まれは、今の「個別化の時代」に有利!
「個別化の時代」に有利なのが、早生まれ族です。なぜなら早生まれ族は、「標準化時代」の無駄な競争に巻き込まれる確率が少ないともいえるからです。早生まれ族の受験のデメリットについては率直にお話ししてきましたが、このデメリットが一転してメリットになるのが、「個別化の時代」。つまり、今なのです。それはなぜでしょうか。
早生まれ族は、学校でも家でも好きなことをしている
早生まれのSさんは、小学生の頃、休み時間に友だちと遊ばずに、一人でずっと絵を描いていました。お母さんは心配し、小学校2年生の頃担任の先生に、「お友だちと一緒に外で遊ばなくて、大丈夫でしょうか?」と相談したそうです。
担任の先生は、「大丈夫ですよ。早生まれですし、ゆっくり成長を見守っていきましょう」といわれたといいます。
Sさんは、その後も教室で絵を描き続けました。お母さんは大きくなったSさんに、「なんで友だちと遊ばないだけで、心配されるんだろうと思った」といわれたといいます。
Sさんは現在、美大に通っています。
無理やり友だちとの遊びに参加させられることなく、好きな絵を好きなときに描き続けることができたことで、Sさんはその才能を伸ばすことができたのです。
「他の子と同じように」外遊びを強制されていたら、Sさんはもしかすると絵の道に進まなかったかもしれません。
現在中学3年生のE君。小学生の頃は、学校の勉強についていくのが大変だったといいます。上のお兄ちゃん2人は中学受験組でしたが、本人は早々に「受験はしない」と宣言。
周りが中学受験に向けて勉強に取り組む中、コロナ禍で余ったおうち時間に、E君は本格的に料理をするようになりました。
ハンバーグ、ナポリタン、唐揚げ、プリンなど、動画を見てサクサクつくってしまうそうです。
最近ではフレンチにはまり、「料理用の刷毛がほしい」と道具にも興味が出てきたといいます。
まだ中学生のE君が、シェフになるかどうかはわかりません。しかし、E君が「自分の充足感は料理にある」と見つけられたのは、E君にそれをするだけの時間と心の余裕があったからです。
自分の好きなことを、コツコツと続けられる。それは早生まれ族が置かれた環境によるものかもしれません。
作家には早生まれ族が多い?
書くことをずっと続けてきた、という小説家の綿矢りささんに、お話を伺ったところ、「小説家は早生まれが多いという話を聞いた」という興味深い情報が。そこで、2025年現在の芥川賞、直木賞の選考委員の誕生日を調べてみました。
〈芥川賞選考委員 ※2025年2月現在、敬称略〉
小川洋子 3月
奥泉光 2月
川上弘美 4月1日
川上未映子 8月
島田雅彦 3月
平野啓一郎 6月
松浦寿輝 3月
山田詠美 2月
吉田修一 9月
→ 9人中6人が早生まれ
〈直木賞選考委員 ※2025年2月現在、敬称略〉
浅田次郎 12月
角田光代 3月
京極夏彦 3月
桐野夏生 10月
林真理子 4月1日
三浦しをん 9月
宮部みゆき 12月
辻村深月 2月
→8人中、4人が早生まれ
たった17人の選考委員中、10人が早生まれ。そのうち、4月1日生まれが2人もいるという驚きの確率です。
もちろん、単なる偶然かもしれません。ただ現在、日本の代表的文学賞を選ぶ選考委員が、早生まれ族が中心となっているということは、間違いのない事実なのです。
成績がいいと、競争に参加してしまう
SさんとE君は、それぞれ自分の好きなことを続けています。それができたのは、他人と同じ競争に参加しなかったからです。4月や5月生まれで幼い頃からクラスの代表を任されてしまう人や、成績が良い人というのは、気がつくと標準化競争のトップを走ることになっているものです。なぜなら、そうするのが当たり前だからです。
もちろん、学歴が高いことは、悪いことではありません。なぜならそれによって、進路や就職の選択の自由度が高まるからです。
医者になりたいのであれば、やはり医学部に入れるだけの成績が必要になります。弁護士になりたいのであれば、司法試験に合格しなければなりません。
単純に、勉強ができれば周りが褒めてくれますから、自己肯定感にとってもプラスです。これまで受験について深く掘り下げてきたのは、これは正面から向き合うべき問題だと思うからです。
とはいえ、勉強だけではない、というのも事実です。たまたま競争に参加しなかったことで、自分の好きなことを見つけ、それを続けられるということも、紛れもない事実なのです。
そして早生まれ族ははからずも、自分の好きな道をゆく環境を得られることがあるようなのです。
早生まれで活躍している読者の皆さんは、ちょっと昔を振り返ってみて下さい。好きなことを、自分のペースで続けられてきたのではないでしょうか。子どもの頃からの趣味を、今も続けているのではないでしょうか。
瀧靖之(たき やすゆき)プロフィール
東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。東北大学加齢医学研究所臨床加齢医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターセンター長。早生まれの息子の父。脳科学者としてテレビ・ラジオ出演など多数。