東北大学加齢医学研究所教授で脳科学者の瀧靖之さんの著書『本当はすごい早生まれ』では、早生まれの子どもたちが持つ隠れた可能性や、脳の発達と学習の関係について、科学的な知見と自身の経験を交えながら解説しています。
今回は本書から一部抜粋し、「早生まれ」であることが、なぜ脳の「可塑性」という性質を最大限に活かし、成長を促す上で有利に働くのか、そして、脳が持つ「コスパ重視」な驚くべき成長戦略の秘密について紹介します。
早生まれに備わっている力とは?
「早生まれが本当はすごい」のは、脳に「可塑(かそ)性」という性質があるからともいえると思います。「可塑」というのは聞きなれない言葉だと思います。これは「思い通りに物の形をつくること」をいいます。脳には、「思い通りに脳自体をつくることができる・変化させることができる」という性質が備わっています。
実は、この可塑性は何歳になっても残ります。例えば10歳になっても、30歳になっても、50歳になっても、70歳になっても、新しいことを学ぶことができるのは、脳に可塑性があるからです。
ただし、可塑性は「若い脳の方が高い」ということもわかっています。新しいことを学ぶのであれば若いうちの方がいい、ということは、皆さんも実感として感じているはずです。
早生まれの大きなメリットとは?
早生まれの子というのは、結果的に他の子よりも一足早く集団生活に入り、様々なことをスタートすることになります。多くの他者とコミュニケーションをするのも、体操をするのも、絵を描くのも、合唱をするのも、合奏をするのも、勉強をするのも、遅生まれの子よりも脳が若いうちに始めることになるのです。
これは実は、早生まれの大きなメリットです。
なぜなら脳の可塑性を、より早いうちから高めることになるからです。脳が若いうちに、いろいろな経験ができるということですね。1年早く難しい問題にチャレンジしていくことになるからです。
結果的に早生まれという状況は、脳の可塑性を高めることにつながるともいえます。思考、判断、記憶などの脳に対する負荷を、周りの子よりも早い段階でしっかりかけていくということは、脳の機能的な側面から見ればかなり大きなプラスなのです。
ここで少し、脳の基本戦略、特に「成長戦略」についてお話をしておきましょう。
脳は、「まず、周囲の環境を受け入れ、次にほとんど使わないものを少しずつ切り捨てていく」という方針を持っています。若い脳は特に、あらゆる環境に対応できるような柔軟な状態になっています。何においても、小さな子がすぐに覚えてしまうのは、そのためです。
しかし、その後、使われなくなったネットワークは少しずつ切り捨てていくと考えられています。なぜなら、そのようなネットワークを脳に持っていても、多くの場合エネルギーの無駄だからです。
脳はコスパ重視なのです。
脳は効率重視だった!
言語を例にとって、この性質を説明するとわかりやすいと思います。8カ月くらいまでの赤ちゃんは、どんな言語のどんな発音や抑揚も、完璧に聞き取ることができると考えられています。しかしそれ以降、周囲から聞こえてこない音は、少しずつ聞き取りにくくなると考えられます。例えば、日本人の「L」と「R」を聞き取るための音感も、磨かれずに落ちていくと考えられます。なぜなら、日本語を母語として育つ場合、「L」と「R」を聞き分ける能力をほとんど使わないからです。
脳の限られたリソースを、使わないものに当てるのは無駄。コスパが悪いのです。
このような、「周囲の環境を受け入れ、次にほとんど使わないものを少しずつ切り捨てていく」という脳の成長は、脳の部位によって違いはありますが、脳が発達する限り続いていきます。
脳の発達戦略と早生まれは相性抜群
早生まれの子というのは、あらゆる物事を、遅生まれの子より、脳が若いうちに取り込むことになります。つまり、「周囲の環境を受け入れる」という戦略がはまる確率が高い、ということがいえるかもしれません。いつでも少し若い脳で、つまり受け入れやすい脳で、物事に取り組むことになるからです。
実際に、その年の4月の子と3月の子が、同じことを学んでいるというのは、すごいことです。早生まれの子は、実は1年先を行っているのです。
瀧靖之(たき やすゆき)プロフィール
東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。東北大学加齢医学研究所臨床加齢医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターセンター長。早生まれの息子の父。脳科学者としてテレビ・ラジオ出演など多数。