『教育における「足りなさ」の重要性』(乙武 洋匡・渡辺 道治著)は、教師としての経験を持つ乙武洋匡さんと渡辺道治さんの対話の中で、「足りなさ」にフォーカスを当てた教育現場での実践ケースや感動のエピソードが語られます。
今回は本書から一部抜粋し、乙武さんが語るパートから、自身の手足がないという「足りなさ」から得たものについてのエピソード、学校や学級の理想のあり方について紹介します。
乙武さんが子どもの頃に身につけたもの
「教育における足りなさの重要性」というテーマをいただいたときに、真っ先に浮かんだのは、私自身が子どもの頃の話です。やはり事実として、私には圧倒的にみなさんと比べて手足が足りていません。手足が足りていないことで困ること、不便なこと、みなさんに助けてもらうことはいっぱいあります。
だから、「大変ですね」と言われれば、「大変です」とは返します。ですが、それによって自分が身につけたこともあると思っています。
一番わかりやすい例で言うと、「人を見る目」です。
どういうことかと言うと、私はメディアに出ているときはスーツを着てしゃべっているだけなので想像しにくいかもしれないのですが、日常生活はできないことだらけです。たとえばトイレや入浴。のどが渇いても冷蔵庫から飲み物を取り出すこともできません。
短い腕で鉛筆を挟んで文字を書いたり、自分で食事をしたり。大きくなってできるようになったこともいっぱいありますが、幼い頃はできないことだらけでした。四六時中、人に手伝ってもらわなければいけないことだらけです。
そうすると、やってもらっている身で言うのもなんですが、年がら年中、人様に何かをやってもらい続ける立場というのは、これはこれでメンタル的にしんどいものなのです。
そうしたときに、わかってくることがあります。何かをお願いしたときに、相手の反応は大きく3つに分かれることです。
1つ目は、「いいですよ」と気軽にやってくれる方です。2つ目は、「うん、まあいいけど」と、めんどくさそうにやる人です。これは少ないです。3つ目は結構多くて、「はい、やりますけど……何をどうしたらいいですか?」と明らかに戸惑いを見せる方です。
特にどれが良い悪いではなく、タイプとして3つあります。もちろん、やっていただく側として、一番心理的な負担が低いのは、1つ目の気軽にやってくれる方です。したがって、小さい頃からこのタイプを見抜こうとしていたのだと思います。
こうした積み重ねで、おそらく人を見る目というものが養われてきた。百発百中ではありませんが、その精度は同世代よりも高いのではないかと思います。
これは教育というテーマとは少し逸れますが、私には手足がない、足りないという部分が、逆にちがうものを身につけることにつながったということです。
これが真っ先に思い浮かんだことでした。
学校や学級は「ジグソーパズル」
私が渡辺先生とお話しできてよかったと思えたのは、本当に同じ理念で学級経営をしてきたからです。私は「ジグソーパズル」みたいなクラスにしたいと思っていました。ジグソーパズルは、一つひとつのピースだけを見れば、こっちが出っ張っていたり、こっちがへこんでいたりして、全部いびつな形をしています。
でも、こっちのピースの出っ張りとあっちのピースのへっこみがピタッと合わさると、どんどんつながっていき、最後には、1枚の綺麗な絵や写真になります。これは、まさに学校や学級というものと同じだと思っています。
一人ひとりはちがっていて、「僕はここが得意」「私はここが苦手」といった得意不得意があるのは当たり前。それを助け合って、補い合っていくものです。そうして、一つの学級にしていけたらいいなと思っていました。
私は担任していた学級で、習字セットを取り出してきて、大きな模造紙を3枚ぐらいつないで、大きい筆で「1/6900000000」と書きました。それを教室の前方の壁に貼っておいたのです。
69億というのは当時の世界の人口で、69億人もの人がいて、みんなはそのうちの1人でしかないというメッセージです。
でも、あなたの代わりを務められる人は、世界に69億人もいるのに、誰もいない。たとえば、その子の代わりにちがう子がお家に帰って「ただいま」と言っても、おうちの人が「おかえり」と言うわけがありません。当然、「うちの子じゃない」となります。
だから、「君の代わりを務められる人は誰もいない。君には君にしかできない役割があるんだよ」と言い続けてきました。 乙武洋匡(おとたけ ひろただ)プロフィール
1976年生まれ、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。大学在学中に出版された『五体不満足』が 600 万部を超すベストセラーに。 卒業後はスポーツライターとして活動。その後、小学校教諭、東京都教育委員などを歴任。地域に根差した子育てを目指す「まちの保育園」の経営に参画。2018年からは義足プロジェクトに取り組み、国立競技場で117mの歩行を達成。ニュース番組でMCを務めるなど、日本のダイバーシティ分野におけるオピニオンリーダーとして活動している。
渡辺道治(わたなべ みちはる)プロフィール
2006年北海道教育大学卒。元小学校教員。2013年JICA教師海外研修にてカンボジアを訪問。2016年グローバル教育コンクール特別賞受賞。2017年北海道札幌市公立小学校にて勤務。国際理解教育論文にて東京海上日動より表彰。2019年ユネスコ中国政府招へいプログラムにて訪中。JICAの要請・支援を受けSDGs教材開発事業としてラオス・ベトナムを訪問。初等教育算数能力向上プロジェクト(PAAME)にてセネガルの教育支援に携わる。2022年から愛知県における新設私立小学校にて勤務。2023年からはアメリカ・ダラスにある学校「Japanese School of Dallas」の学習指導アドバイザーに就任。