34年間百貨店のお客様相談室で1300件以上のクレームに対応してきた、苦情クレーム対応アドバイザー・関根眞一さんの著書『カスハラの正体 完全版 となりのクレーマー』から一部抜粋。一見すると正当なクレームのようで、実は悪質な「愉快犯タイプ」のクレーマーに遭遇した際の、具体的なやり取りと、そこから学ぶべきカスハラ対応の極意について紹介します。
一見、営業マンのようなお客様だが……
あるとき、紳士雑貨売り場の販売員が靴下2足を持ち、お客様を伴い、私のいる相談室に来ました。同伴のお客様、Iさんは40代。紺のスーツに茶革のアタッシェケースを持ち、営業マンらしくビシッと決めて、余裕の笑顔というより少しニヤけています。
それに比べ先導してきた販売員の表情は固いので、直感で「商品苦情だな」と思いました。
この時点で、せっかく対面できたのですから、どんなことがあっても納得していただき、今後も店を贔屓にしてくれるように対応を始めます。
私は、「いかがいたしましたか」と尋ねました。
「お前が説明しろ」と言って、Iさんは、その販売員に指示をしました。
販売員はこう説明を始めました。
「お客様がおっしゃるには、1か月半前にこのブランドの靴下を買ったそうです。そしたら、たった5回しか履いていないのに穴があいた、と。それは不良品だから、今日はこの靴下を1000円で売れ、とおっしゃいます」
話を聞いた私は、内心、「何をふざけたことを言っているのだ」と思いました。瞬間的に、「普通のお客様ではない」と判断しました。
私は、販売員に向かって尋ねました。
「この靴下の価格はいくらですか」
「1500円です」
愉快犯タイプのクレーマーだった!
さっそく、私とIさんとの、やりとりが始まります。「それはご迷惑をおかけしました。お客様、履いたのは5回ですか」
「そうだ。5回しか履いていないよ」
実に落ち着いた話し方をする人です。
私は、首を傾げました。
「そうですか?……そんな例は、いまだ聞いたことがないのですが」
すると、Iさんはむっとした様子で、「本当だから話しているんだよ」
本来はここで、確認のためにいくつか尋ねます。
購入日はいつか。レシートはあるのか。なければ、当店で買った証拠はあるのか。こう聞いていくわけです。
しかし、やめました。
Iさんはどうやら愉快犯のタイプのクレーマーで、上手くいったら仲間に自慢話をするだけだろう、と判断して、面倒なやりとりは行わないこととしました。
問答は、続きます。
私「つかぬことをお尋ねしますが、(間を置く) ……靴下のどの部分に穴があいたのですか?」(ここではこの先どういう出方をしてくるかを、測っています)
Iさん「靴下の先だ」
私「先ですか……。(間を置く)では、穴のあいたのは先の上ですか下ですか」
Iさん「上だな」
私「そうなると爪と靴が当たったことも考えられますが、爪が伸びているようなことはありませんよね」
Iさん「まあ、そんなことは分からん。けれど、破れたことは確かだ」(先方がむかついてきたのを察知します)
私「そうですか?」
そこで、私はそばで黙っている販売員に、話題を振りました。
「そんなことは過去に聞いたことがない。事例はあるのか」
販売員も私という味方を得て、少し元気が出てきています。
販売員「そんな事例は、このブランド以外でもありません」
私「私も聞かないよな……」
「お客様!」と大声を出すタイミングとは
私は続けて、Iさんに言いました。「お客様、お洗濯の仕方は特殊な方法なんていうことはないでしょうね」
Iさん「普通だ」(さらに苛立ってきたことが分かります)
私「その商品は、まだ保管してありますか」
Iさん「あるよ、家に」
私「そうですか。一度、見せていただけないでしょうか。商品を調べて、不良品であれば改良します」
Iさんは、こちらの、のらりくらりの対応に、ついにしびれを切らしたようです。いきなり大声を張り上げました。
Iさん「おい、こんな対応でいいのかよ! 靴下が破れて、迷惑したのは俺だ! 何をグダグダ言ってんだ」
こちらが待っていたタイミングですから、すかさず、
私「お客様、大きな声を出さないでください。普通の声でちゃんと聞こえておりますよ」
と、Iさんより大きな声で、相手の目を凝視して言いました。
驚いたのはIさんです。
まさか、百貨店のお客様相談室員に怒鳴り返されるとは、思ってもいなかったのでしょう。「鳩に豆鉄砲」とはこのことか、と思える顔をしました。
他の百貨店では、触らぬ神にたたりなしと決め、最初から交換で対応するか、この怒鳴り声に驚いて、「今回だけ」と値段を下げて販売した店も、たくさんあったのでしょう。
クレーマーがしどろもどろに
このときは、「たたみかけのタイミング」ですから、言葉を続けます。まずは、大声を上げた非礼を詫びて、「お客様、現物を見せていただけませんか、検査をして正確な報告をします。商品に瑕疵があれば遡って対応を考えます」
物は最初からないはずだ、と踏んで私は言っています。
Iさんは、しどろもどろになりながら、「家にあると思うよ。まだ捨ててないと思うから確認するよ」
完全に動揺した様子でした。
「そうですか。それでは失礼ですが、お名前とご住所を教えていただけますか」と言って、私は相談用紙を提示しました。
「いいよ今日は。また来るから」
Iさんはもう立ち上がりました。
ここで簡単にたかりを逃がすわけにはいきません。二度と来させないためにも。
「それは困りますよ。お名前を聞いておかないと報告書が書けません」
「いいよ。また来るから」
私は、「それでは、その間、何も対応できません。ご迷惑をおかけしたお客様の住所が分からないのでは困ります」と、さらに突っ込みます。
Iさんは、「いいよ、いいよ。あったら持ってくるから」
「そうですか。よろしいのですか。でも、物がなければ、対応もしませんよ。それに、住所も氏名も教えていただけないのでしたら、今日の記録も残りません」(実際はしっかり書いておく)
「分かった」
Iさんは振り向きもせず、相談室を後にしたのでした。
関根眞一(せきね しんいち)プロフィール
百貨店に34年間在職し、全国4店舗のお客様相談室を担当。こじれた苦情・やくざ・クレーマー・詐欺師等特殊な客を専門に1300件以上の苦情に対応した。