娘が自立、母は急死
「ラス婚、私も頑張っているんですけどね……」苦笑しながらそう言うエミコさん(55歳)。29歳で結婚して一人娘をもうけたが、夫の度重なる浮気に業を煮やして40歳のときに離婚した。
「必死で仕事をしながら娘を育てました。その娘も、2年前に大学を出て就職、配属先が地方だったんです。そのタイミングで私をずっと応援、協力してくれていた母が急死して。いきなり一人きりになって落ち込みました。職場の同僚たちがすごく助けてくれたのがうれしかった」
1年たったとき、同僚の一人が「エミコさん、婚活してみたら?」と言い出した。ずっと一人で頑張ってきて娘も自立したのだから、これからは自分の幸せを追求してもいいんじゃないかしら、と。
「その言葉が妙に身に染みました。80歳まで生きるとしてあと四半世紀。いずれ定年退職にもなるし、その後もたった一人で、あの古いマンションに閉じこもって生きていくのかと考えたら急に怖くなったんです」
ラス恋からラス婚、もう一度、誰かと一緒に歩いてみたい。その思いがだんだん強くなっていった。
マッチングアプリで知り合った人とデートすることに
「シニア向けのマッチングアプリに登録、職場の若い子たちにいろいろアドバイスをもらいました。『こういう人は気をつけた方がいい』とか『文章から漂う怪しさを察知して』とか(笑)。マッチングアプリで知り合って結婚した若い子がいるんですよ。その彼女が、会うのはまだ早いとか、プライベートな情報はまだ開示しないでとか、毎日世話を焼いてくれて助かりました」ゆっくりと知り合っていきたいと思い、気になった人との最初のデートはやりとりするようになってから1カ月後だった。
「相手があまりに結婚を急いでいるのでちょっと引いてしまいました。私も結婚したいとは思うけど、結婚ありきで来られても困る」
デートのあと、娘に初めて婚活していると打ち明けた。
娘の大反対にあって
娘が、母を一人にしていることへの罪悪感のようなものを抱えていることをエミコさんは知っていた。だから婚活していると分かれば、娘の負担も少しは減るだろうと思っていた。「ところが娘は私の婚活に大反対。LINEで伝えたら、いきなり電話がかかってきて、『そんなことしないで』って。別にうちには財産があるわけでもないから相手が金目当てなんてこともありえない。私が最後の恋をして最後の結婚をしたいと思っているのに、どうして反対なのかと言ったら、『苦労するだけなのが分からないの?』って」
娘に言わせれば、エミコさんが結婚するとなれば、相手の年齢はそれほど若くはないだろう。同世代か年上の可能性もある。結婚してすぐ相手が倒れたりしたら、いきなり介護生活が始まってしまう。定年まで働けなくなったらどうするのか。それぞれ生活習慣も、知らなかった過去の時間も長い。それを埋め合わせながら本当に楽しく暮らしていけるのかなど、心配が尽きないというのだ。
「出会って好きになって結婚する。シンプルな話なのに、年をとっているからその分、それぞれに時間がかかる。娘の言うようにパッと決めたら、こちらにも人生経験があるから、きっとこんなはずじゃなかったというところがたくさん出てくるはず。相手にも家族がいるかもしれないし、反対もされるかもしれない。娘に言われて、急に気持ちが萎えてしまいました」
婚活を続けたものの
その後も一応、婚活はしてみた。だがデートを重ねると、気になるところが出てきてしまう。このまま結婚には踏み込めないと思うと、関係自体が消滅していった。「何度かそれを繰り返して、もういいか、と。今年に入ってからは一度もしていません。出会いたい、再婚したいという思いはあるけど、娘に反対されてまでしたいかと言われると……。定年退職まであと10年。10年後にやっぱり再婚したかったと思っても、今より選択肢は狭まるでしょう。そう思うとやっぱり活動を続けようかしらと悩んでもいますね。正直言って、どうしたらいいか分からない」
自然の出会いを待つ時間もないしねと、エミコさんは寂しそうに笑った。「娘のため」「母のため」と頑張ってきた彼女が、自分のためにどうしたらいいか分からなくなっているのかもしれない。
「結婚がそんなに重要なのかと娘に言われたのも印象に残っています。確かにこの先、結婚して相手に尽くすみたいなことはもうしたくない。だけど一人で生きていく自信もない。結局、私が中途半端なのかもしれませんね」
老いてから手を携えて生きる人がほしい。「おいしいね」と言い合える相手がほしい。その気持ちは痛いほど分かるのだが、娘の言うこともまた真理かもしれない。