新婚旅行の苦い思い出
新婚旅行での苦い思い出を語るのはタエコさん(42歳)。8年前に結婚した二人は、北海道一周旅行に出かけた。「交代で車を運転して、北海道をぐるりと回りました。天気に恵まれて、本当に素晴らしい景色を見ることができた。でも嫌だったのは夕食ですね。やっぱり北海道に行ったら、少しぜいたくしておいしいものが食べたい、だから店を予約しようと言う私と、適当に歩いて店を決めたがる夫との間で連日、バトルが繰り広げられたんです」
店構えでおいしいかどうかが分かるんだと言いながら、夫は最後の決断が下せない。だから「ちょっと他も見てみよう」とまた歩き出す。2時間歩いても決まらず、とうとう夕飯難民になりかけてコンビニでおにぎりを調達したこともある。
「このときは私も怒りました。『決断力がなさすぎる!』と。ネットで調べた店がいくらでもあるのにと言うと『店は自分で探し出すのが旅の醍醐味(だいごみ)』なんて言って。グルメでもないくせに何を言ってるんだと腹が立ちましたね」
夕食は別行動に
結局、後半の数日は夕食は別行動。彼女はネット以外にも地元のホテルや、昼間入った喫茶店からおいしい居酒屋やイタリアンなどの情報を得て、夕食を堪能した。夫は相変わらず歩き回って、最後は疲れて適当な店に入ったらしい。「なんだかわけが分からないけど頑固なんですよ。こんなことでこの先、一緒に生活していけるんだろうかと考えたくらいです」
ところが生活を始めてみると、夫がどうしても譲れないと頑固さを打ち出した面はほとんどない。生活上は、タエコさんが主導権を握っている。共働きのため家事も分担しているが、指示さえ出せばきちんとやってくれる。その後、二人の子にも恵まれた。
今年の正月に旅行してみたら
今までは子どもたちが小さかったため、旅行はせいぜい1泊。しかもドライブ旅行がほとんどだった。だが今年は上の子が小学生になるし、下の子も5歳になってしっかりしてきた。だから今年の正月、家族4人で新幹線を使って旅行をした。「とはいえ近場ですけどね。ホテルに宿泊したので夕飯は自分たちでとらなければならない。そのとき新婚旅行を思い出して、嫌な予感がしました」
タエコさんはあらかじめ調べて、子どもたちも入れる個室のある店を探し出し、夫に「初日はここへ行かない?」と言うと「食事は現地へ行ってから探そうよ」と予感が的中。あのときを思い出してよ、今回は子どもがいるんだからね、食べるところが決まらなかったじゃすまないんだからと説き伏せようとしたのですが、夫は「行き当たりばったりが旅の醍醐味」と譲らない。
「それでも私はひそかにその店を予約しておきました。当日、夕方から夫が店を探すというと子どもたちも最初はおもしろがってついて歩いていたんですが、そのうち下の子はぐずりだし、上の子は『おなかがすいた』と大騒ぎ。でも夫はどこ吹く風なんですよね」
店は予約してあるから、そこへ行こうと言うと、「きみは僕を信用していなかったわけだね」と不機嫌になった。信用しなくて当たり前でしょ、新婚旅行でどれだけひどい目にあったと思ってるのよとタエコさんは夫に怒りをぶつけ、子どもたちを引き連れて予約した店に行った。
「30分くらいたったころでしょうか、夫が顔を見せたんです。『今回はきみの顔を立てるよ』って。ムカッとしましたが、子どもたちもいるのでそこは穏便にすませて……。夜、子どもたちが寝入ったときに、どうしてそんなに歩いて見つけることにこだわるのかと訪ねたら、旅先の町を歩き回りたいんだ、と。それは分かる。でもいつだって決められないし、やっと入った店がたいしたことなかったり、どう見てもさっきの店の方がおいしそうだったり、結局、外してるよねと言ったら、オレを否定するなと怒っていました」
楽しいはずの旅が台無しに
2日目の夕飯も、タエコさんが現地で見つけた店へ行ったのだが、夫は現れなかった。どこかに一人で入ったらしい。「夫のこだわりの元がどこにあるのか分からないけど、あの旅は悲惨でした。帰宅して日常生活が始まったら、またなんとなく穏やかな空気になりましたが、2泊3日の旅行の間中、妙な緊張感があって。子どもたちもへきえきとしたみたいです」
せっかくの楽しい旅が、あんな形になって子どもたちには申し訳なかったとタエコさんは言う。ひょっとしたら、夫は「旅行」自体に度を超した期待や、妙なプレッシャーを感じているのかもしれない。
「全て自分の責任になると思っているところはありますね。旅なんて、よほどのことがない限りハプニングとして楽しめるのに、夫は100パーセント成功だと思えないと嫌みたい」
地元で聞き込みして店を探すのが好きなタエコさんからみると、地元の人とも話せるざっくばらんな店が好きなのだが、夫がどういう店を求めているのかさえ判然としないと言う。
「少なくとも、夫との家族旅行は今後、考えてしまいますね。今後は夕飯がついたパック旅行の方がいいのかも。夫はそれにも反対すると思いますけど」
やってられませんと、彼女はちょっと怒ったように言った。