来年60歳だと思ったら急に怖くなって
「昨年春、59歳になったとき、あと1年で60歳だと思ったら急に恐怖感に襲われたんです。20代で短い結婚歴はあるけど子どももいないし、私自身は一人っ子で、すでに両親もない。親戚もいない。しがらみがなくていいわと思っていたけど、誰もいないのは寂しすぎる」マイコさん(60歳)はきれいに栗色に染めたショートヘアの前髪をかきあげながらそう言った。
ここ数年、仲のよかった友達や同世代の知人たちが相次いで鬼籍に入ったことも、彼女の不安に拍車をかけた。勤務先は65歳定年なので、元気ならあと5年は仕事ができる。だが仕事さえあればいいというものではない。頼り頼られ、一緒に歩いていく人のいない人生はなんと虚しいことかとマイコさんは思いつめた。
「そうだ、婚活しようと思い立ちました。もう恋愛自体、20年くらいしていない。同僚たちと食事をしたりカラオケに行ったりすることはあるけど、あくまで仕事の関係者ですからね。個人的な話をする関係なのは女友達だけど、みんなパートナーがいる。たった一人でいるのは私だけだと思ったら、焦っちゃって」
婚活を始めたものの
シニア向けの結婚相談所に入会、カウンセリングを受けて、まずはパーティーに足を向けた。穏やかな老後をパートナーと共に過ごしたい。そういう男性が集まっていると思っていたのだが。「パーティーの受付のところで、小声で『ババアばっかり』とつぶやいた男性がいたんですよ。聞き間違いかと、思わずその声の主を見たらジジイでした(笑)。お互いさまですよ。でも他はおおむね感じのいい男性が多かった。感じはいいけど、1対1で探りを入れてみると、結婚したい動機が『家事をやるのに疲れちゃって』『家庭料理が食べたいんですよね』みたいなことばかり。結局、家事をしてくれる人、自分の面倒を見てくれる人を求めているだけだと思いました。パートナーシップをどう思いますかと聞いてみても、まっとうに答えてくれる男性はいませんでしたね」
がっかりしたマイコさんは、1対1のお見合いにシフトしていった。
何度かデートはしたけれど
すでに退職している人、もうじき退職する人、あるいは個人事業主など、さまざまな男性に会った。中にはすてきな人もいたというが……。「何度か会って話も合うし、お互いに前向きに考えていきましょうと相談所にも伝えて。とてもいい感じだった人がいるんです。ドライブに誘われて出かけたとき、最後に食事をして、そこは私が払ったんです。ガソリン代などもあるし、そこは大人の折半という気持ちでした。すると彼、もちろん車で送ってくれたんですが、『なんだか今日はあなたをすっかり甘やかしてしまいましたね』って。『はあ?』って感じですよね。デートで甘やかすってどういう意味? 私は免許を持っていないから運転はできませんって最初から言っていたし、食事代は私が出してるし、そもそもドライブに誘ったのは向こうです。ついどういう意味ですかと聞いたら、『妻になる人をあまり甘やかしてはいけないなと』って、ニコニコしながら言うんです。冗談なのかどうなのか、さっぱり分からない」
すっかり気持ちが萎えたマイコさんは、その旨を相談所のカウンセラーに伝えた。彼はそれなりに地位もお金もある人だから、そういう尊大な言動をとるのかもしれませんねとカウンセラーもあぜんとしていたという。今までも何度かうまくいきかけては女性から断られているらしい。
「あんなんじゃ、結婚してからどうなるかは目に見えていますからね。やはり女性をどこかで下に見ているんでしょうね」
結局はみんな同じ
快適なパートナーシップを築きながら、楽しい生活を送りたいと願う女性なら、ああいう発言を許すはずはないとマイコさんは言う。「他にもうまくいきかけた人もいるけど、結局は同じなんですよ。みんな看取ってほしいとか一人で死にたくないとか。会えば会うほどイライラしてきました。女友達に愚痴ったら、『今まで一人だったんだから、ずっと一人でいいじゃん。そのくらいの覚悟はできてるでしょ、あなたなら。病気になったら私が全部手続きするから』と言ってくれた。それもそうね、病気になったらと考えるより健康寿命を延ばそうと努力する方が現実的よねとなりました」
結婚相談所はやめて、今までも行っていたスポーツジムで新たにヨガを始めた。つまらないデートにお金を使うより、体にいいものを食べる方にお金を使うことにしましたとマイコさんは朗らかに笑った。