彼が好きなのは「無邪気な女性」だと聞いて
外資系企業で働くハルエさん(36歳)が2年前に気になったのは、別の部署に転職してきた男性だった。「その部署にいる、仲のいい同僚に聞いたら、彼は2つ年下、大学を出て大企業に入ったものの3年で退職、留学して帰国後は外資系に入社、うちが2つめの外資系らしい、と。性格はいたってまじめだけどフレンドリー。ただ、シャイなところもあるって。これじゃどういうアプローチをしたらいいかわからないと悩みました」
その同僚女性はハルエさんが彼のことを気にしていると分かったようで、「もうちょっと情報を集めてみる」と言ってくれた。
「その後分かったのは、彼は真っすぐな人で、言葉の裏を読むようなことは苦手らしい。部署の飲み会のとき、それが原因でフラれたこともあると笑い話にしていたとか。好感度高い人だよと聞きました」
そういうタイプには、こちらも真っすぐ接していった方がいいに違いないとハルエさんは作戦を立てた。彼女は今まで何度も、「素の自分」で恋愛をして、あまり長続きしないという苦い経験を重ねてきた。「付き合っている恋人同士で、ブラックなツッコミはいらない」「理屈っぽくて疲れる」などと言われることも多かった。
「雨宿りしませんか」と誘ってみたら
「同僚が、彼は今日、こうだったああだったと情報をくれるようになりました。帰り時間を一緒にしてさりげなく誘ってみたらというアドバイスがあったので、それをやってみたんです。『今、帰りですか』なんて言って一緒に歩いて。ビルの外に出たら突然の大雨。『通り雨みたいですね、ちょっと雨宿りしていきませんか』とビル内の喫茶店に誘ってみたら、意外なことにあっさりOKしてくれて」コーヒーを飲みながら、彼にとって役に立つかもしれない会社の情報をいろいろと伝授した。彼は面白がって聞いてくれていたという。
「ハルエさんって面白いですねと言われて有頂天になっちゃって。明るくて面白くて、分かりやすい女性を目指そうと作戦を立てていたから、これでいいんだと思った。雨が止んだのを見計らって、その日はあっさりと撤退。すると彼が別れ際に『今度、食事に行きませんか』って。大成功でした」
好きな人にそこまで言わせたのだから、確かに大成功だった。
バラ色の日々が続くと思ったが
1週間後に食事に行ったときも、彼女は明るくて無邪気で、若干天然というキャラクターを演じ続けた。本来のハルエさんとは少し乖離(かいり)していたが、彼女は素の自分を封印した。それが功を奏したのか、2度目のデートで付き合いたいと言われた。「その言葉、私が言うはずだったのにと明るく言ったら、『いつの間にか互いに同じ気持ちだったんだね』と彼も笑顔になった。あなたといると楽しいと言われて、とにかく彼を楽しませるのが私の仕事だと思い込んじゃったんですよね」
好き、という言葉も惜しまなかった。あなたのいいところはこういうところと言葉にもした。常に彼の味方であり、心の底から信じているとアピールし続けた。
「半年くらいはバラ色の日々でした。職場では付き合っていることをまだ公にはしていませんでした。部署が違うし、机もオフィスの端と端というくらい離れているのですが、オフィスに出入りするときに会ったりすると目配せしたりして幸せだなあとニヤついたりして」
ただ、その後、彼が仕事上で悩みを抱え、ぽつりぽつりと話してくれたとき、彼女は対応を間違えた。本来なら、真摯(しんし)に聞いて受け止め、自分の意見を述べたかった。ただ、彼とは意見が違うところが多々ありそうだったため、彼女は躊躇(ちゅうちょ)してしまった。
「僕はあなたの冷静な意見を聞きたかった」と言われて
「彼を励まそう、元気を出してもらおうという方向に偏ってしまったんですよね。だからあまり気にしない方がいいよと軽く言って、話題を変えた。天然キャラで自由にふるまう私を彼は好きなはずだとも思い込んでいて……」その場では彼も彼女のおしゃべりに乗ってくれたように見えたが、いつもなら「週末だからうちに寄ってく?」と言うのに言わなかった。それどころか毎日あった連絡が途絶えた。
「先日はごめんなさい、あなたの悩みに真摯に向き合えなかったとお詫びのメッセージもしましたが、彼は既読無視という状態でした。数日後、彼からメッセージがあって、『明るいあなたが好きだけど、僕の気持ちを無視したのか気づこうとしなかったのか……。無駄な明るさは人を傷つけます』『僕はあなたの冷静な意見を聞きたかった』と書いてありました。だよね、と思った。本当の私なら、あんな対応はしなかった。どうしてあんなふうにキャラを作ってしまったのか悔やまれました」
彼とはそれきりになってしまった。別れ話もないままだ。だが、話を蒸し返したりすがったりしたくはなかった。
「大人なのに情けない……。私も今まであまり恋愛がうまくいっていなかったので、今回は成功させたくてキャラを作って、彼に好かれるように頑張ったんですけどね」
仲よしの同僚には「あなたはあなたのままで勝負すればよかったのに」と言われたそうだ。