しかし、そんな世の中に浸透したテレワークを見直す企業が増えてきている。
2024年9月にはアメリカのアマゾン・ドット・コムが世界中の従業員に原則として「週5日出社」を求める方針を示し、波紋を広げた。日本においてもLINEヤフーは週1日(コーポレート部門は月1回)、アクセンチュアは週3日出社の方針を示した。
テレワークを積極的に推進してきたIT業界が出社に回帰しているのは、どのような狙いがあるのだろうか。今回はテレワークと出社を「生産性」と「人材育成」の側面で考察する。
コミュニケーションの「即効性」と「ハードルの低さ」が出社回帰の理由?
出社回帰の業務上のメリットはどこにあるのだろうか? 従業員に出社を求める企業の多くは「コミュニケーションの円滑化」をその理由に挙げている。アマゾンのアンディ・ジャシーCEO(最高経営責任者)も従業員に「社員同士が学び合ったり新たなアイデアを創出したりするには、テレワークではなく出社が効果的だ」と訴えている。業務ではさまざまなコミュニケーションの場面があるが、テレワークによって最も生産性が向上したのは「会議」ではないだろうか。Zoomなどのオンライン会議システムを活用することでわざわざ会社の会議室に集まる必要はなくなり、より気軽に会議やミーティングを行うことができるようになった。自宅や遠方からでも参加できるようになり、会議を終えるとクリック1つで個人の業務に戻ることができる。
会議やミーティングのような「オン(実務中)」のコミュニケーションの場では、テレワークも出社しての対面もさほど大きな差はないように感じるが、違いは「オフ」の場にあるようだ。
テレワークでは個人作業の時間になるとコミュニケーションを取る相手はいなくなる。それで生産性が上がる人もいるが、オフィスで気軽に横にいる先輩や同僚としていたような雑談を含めた「ラフな」コミュニケーションの機会はほぼなくなる。
「聞きたいこと」をすぐ質問したり、思いついた「アイデア」をその場で発信したりできる「即効性」と、会議の場よりも気軽に発言できる「ハードルの低さ」が、出社して対面でコミュニケーションを取ることの大きなメリットの1つなのだろう。
多くの指導員が悩むテレワークを通じた人材育成の難しさ
企業には新卒や中途採用で新しく組織に入った人材の育成をサポートする「指導員」を置くことが多い。筆者も研修講師として「指導員」を対象した研修を実施することがあるが、最近はテレワークでの人材育成の難しさに悩む人が多い。出社では机を並べて毎日顔を合わせながらサポートできていたが、テレワークでは直接会うことはないので部下の様子を把握することが難しい。業務が順調なのか、苦戦しているのかだけでなく、部下自身の体調やメンタルを含めた状態を知る上での情報が少なすぎるのだ。
人材育成において多くの企業や組織で活用されている「1on1(1対1の面談)」は、オンラインでも可能ではある。しかし、普段の様子を見ているからこそ伝えられるフィードバックも、久しぶりに顔を合わせたタイミングでは伝えるのが難しい。
まさに人材育成において日々の「観察」と業務面以外の「定性的な情報」はとても大切であることを、テレワークを通じた育成で痛感する。
そのためテレワークを導入する多くの企業では、新卒社員が入社してから一定期間は出社を義務付けることで、育成をスムーズに行えるようにしている。
一見ムダと思えるような情報や機会が自然と得られる出社の価値
従業員にとってはメリットずくめと感じるテレワークだが、生産性や人材育成の面から考えると出社することによって得られる情報や機会があることが分かる。出社していたときは当たり前であった業務中の雑談や、会議室からエレベーターに乗ってオフィスに戻る際の会話など、何気ない場面での「雑談」が意外と業務で役に立つ情報をもたらしたり、会議では言えなかった本音を言い合える場だったりする。
部下や後輩のランチを食べている表情や、訪問先の企業から帰る際の電車内でポロッとこぼした愚痴なども、育成をサポートする上で大切な情報であることもある。
テレワークを導入したり、実際に経験したりすることでそんな何気ない日常の場面や会話に価値を感じることも多くなった社員も少なくないはずだ。
逆にいえば、テレワークで対面の機会が少ない状況の社員にとっては、対面で得られていたようなコミュニケーションの機会や情報をより意識して作り出したり、発信しようとしたりすることで離れている部下や上司との距離も縮めていけるのだろう。
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