それでもあえて今、別れを選んだ
彼のことは20年間、ずっと好きだった。それなのについ先日、彼女は彼と別れた。「彼の誕生日があったので、ごちそうするよって招待しました。しかもとてもいいレストランを予約して。彼は『どうしたの、怖いな』なんて言っていましたが、話も弾んで楽しかった。彼がお手洗いに行っている間にカードで支払いをさっと済ませ、一緒に店を出ました。
彼は私の部屋に来るつもりだったみたいだけど、『ごめん、明日、急に朝から会議が入っちゃって』と言って。彼はいつも送ってくれるんですが、今日はここでいいと言って別れました。電車に乗ってすぐ電話を着信拒否、すべての連絡手段を断ったんです」
その日を別れの日にするかどうか、彼女はずっと迷っていた。少し前から、「彼との関係はもうこれ以上にはならない。現状維持するか、新たな世界を求めるか」と考えていたのだ。新たな世界が見えているわけではなかったが、今の環境を変えなければ新しい場所には行けないと思っていた。
「具体的に好きな人ができたわけでもないし、彼に飽きたわけでもない。それでも、そろそろひとりになりたい、ひとりで歩いてみたいと思う気持ちが強くなってきて……。ただ、本当に別れるかどうかは、その日の食事が終わってから決めようと思っていました。
でも帰り道に手が勝手に携帯を握っていた。私が着信拒否したり連絡手段を消したりしたら、彼が絶対に追ってこない。それはわかっていました」
彼でなく、私自身のために決めたこと
だから関係はそれきりになった。彼とはもう何の接点もない。20年にわたる付き合いを経て、今は「心の中が空っぽになった感じ」と彼女は言う。「誰にも洩らさず、誰にも気づかれなかったのは彼も私も秘密を守り抜いたから。彼の子どもは2人いるんですが、26歳と24歳になっています。子どもたちがすっかり大人になった今、別れなくてもいいんじゃないかという気持ちもありました。
でも今回、思い切って別れたのは彼のためというよりは、私自身のこれからの人生を考えたかったからかもしれません。このまま彼と付き合っていくより、もう一度、人生をやり直したくなってしまった」
彼が傷ついているか、むしろホッとしているかはノブコさんにはわからない。それさえ考える必要はないと彼女は言う。
「愛しきったという思いはあります。恋愛が結婚と違うのは、そういうところかもしれないと最近思っているんです。愛しきってやりきった時、もう何の未練もないと思えた。だからそこで別れるしかなかったというか……」
しばらくひとりの時間を楽しんでみると、ノブコさんは落ち着いた口調で言った。