今回は、東京から沖縄の石垣島に移住し、趣味であった「カメラ」と「サウナ」を仕事にすることができた“ライフワーカー”を紹介する。ぜひ、あなたにとっての「ライフワーク」を模索するきっかけにしてほしい。
27歳、コロナ禍で閉ざされたキャリアに、退職&移住を決断
今から3年前、当時27歳だった斎藤渉さんは4年半勤めた会社を辞めようか迷っていた。大学時代はダイビングサークルの活動に明け暮れ、趣味だった離島巡りで沖縄にある30以上の離島を訪れた。卒業後は東京のリース会社の融資部門に勤め、海外の顧客も担当し将来的には海外駐在を目指していた。
しかし新型コロナウイルスの影響で、やりがいを感じていた海外出張の仕事や顧客との会食の場も一切なくなり、夢であった海外駐在のキャリアも先が見えない状態となってしまった。
悶々とする日々の中で、在宅勤務期間を沖縄の石垣島で過ごした。自分が好きな離島での生活を体験する中で、このまま東京で会社員を続けるべきか、20代のうちに自分のやりたいことや理想の生活を目指して今の会社を辞めるか、考えるようになった。
結果的に彼は4年半務めた会社を退職し、石垣島への移住を決断。それが彼の「ライフワークを探す旅」の始まりだった。
東京で会社員をしていた頃の斎藤渉さん
あえて「リゾバ」ではなく、地元企業に「正社員」で転職した理由
20代の若者の間では、「リゾバ(リゾートバイトの略)」と呼ばれる現地の観光業に関わるアルバイトをしながら一定期間暮らす人が多い。東京のような都会で正社員で働いていた人ほど「南の島まで来てわざわざフルタイムで働きたくない」と思うのだろう。しかし彼の移住計画は堅めな準備で進められた。前職在職時から石垣島のハローワークなどで求人を出している地元企業を調べて転職活動を行い、現地の保険代理店に正社員として転職を決めたのだ。
その理由を斎藤さんはこう語る。
「大学時代の離島巡りで多くのリゾバで働く若者を見てきて、労働環境が良くなく長続きしない人が多い印象でした。せっかく会社を辞めて移住するなら土日が休みで、趣味のカメラなど好きなことができる時間も確保したかったんです」
「東京の会社を辞めて石垣島に移住」という一見突拍子もない決断をしながらも、現実的な視点のもと入念な準備をしたことが彼の移住がうまくいった要因の1つであろう。
石垣島でも正社員として1日8時間、週5日働くという生活リズムは東京にいた頃と変わらないものの、生活での満足度や幸福感は大きく変化したという。石垣島は市街地がコンパクトで自然が近くにあり、朝仕事前に海に行ったり、仕事後にサンセットを見に行くなどができる。そんな東京では味わえなかった生活ができることに喜びを感じていた。
しかし現実的な問題として、石垣島に移住して「半減してしまったもの」もある。
「給料ですね。東京の会社員時代と比較するとちょうど半分になりました。沖縄は給与水準が低いのは分かっていましたが、実際に毎月振り込まれる金額が半分になると不安な気持ちになったのも事実です」
経済的な豊さが必ずしも幸福度に直結するわけではないが、「お金」はやはり日々の生活を安心して過ごす上で大切なことだ。
しかしこの「給料の半減」という問題が、斎藤さんがライフワークを仕事にする大きなきっかけとなる。
半減した給料を補うためCan(できること)である趣味の「カメラ」を仕事にする
石垣島で趣味のカメラを仕事にすることに決めた、斎藤さん
石垣島の地元企業に転職したことで東京時代と比べると半減してしまった給料分を補うために、斎藤さんは趣味の「カメラ」を活用しようと試みる。
「元々学生の頃からカメラで人や自然を撮影するのは好きだったんです。石垣島に移住してからも趣味で続けていましたが、半減した給与を補うためにできることを考えたらやっぱりカメラでの撮影かなと。幸い石垣島は観光客が多いので、撮影のニーズもありそうだったのでとりあえずやってみました」
屋号を決めて開業届を出し、知人に依頼してホームページを作成し、告知を始めたところ斎藤さんの予想は的中した。観光客から少しずつ土日の家族写真やウエディングフォトの撮影依頼が来るようになったのだ。
正社員で働く斎藤さんが稼働できるのは基本土日のみだったが、就業後の夜の時間にも着目するようになる。そこで斎藤さんが始めたのが「星空フォトツアー」だった。日本で初めて星空保護区に指定された石垣島では星が見えるスポットまで連れて行く「星空観察ツアー」はあったが、そこに星空を背景に写真も撮れるプランもセットにした夜のツアーが、日中正社員で働く斎藤さんには時間的にも都合が良かった。
星空の中で撮影するウエディングフォト(斎藤さん撮影)
そして平日の日中は保険の営業として働き、平日の夜と土日はカメラマンとして働くという「複業生活」を続けたおかげで、半減した給料は次第に東京での会社員時代と同等かそれ以上になっていく。
平日の夜と土日も仕事だと休む暇がなく大変なのではないかと聞くと、むしろ逆だと言う。
「やっぱりカメラは元々趣味で好きなことだったので、仕事をしているという感覚はなかったですね。もちろんお金をいただくので、それだけ満足してもらえる撮影をしなければいけない責任感は生まれましたが、撮影の時間がむしろ気分転換にもなったので、休日が別で欲しいとはあまり思いませんでした」
これがライフワークを仕事にする大きな利点の1つであろう。キャリアの分野でよく使われるWill・Can・Mustのフレームに沿ってみれば、仕事をしながらもそれがMust(しなければいけないこと)よりもWill(やりたいこと)やCan(できること)にウエイトが置かれているため、仕事をしていて苦にならないのだ。
キャリアを考える、Will・Can・Mustのフレーム
斎藤さんは今年、移住して3年お世話になった地元の会社を退職し、フリーのカメラマンとして独立した。そしてこの独立を機に、もう1つのWillを形にすることになる。
Will(やりたいこと)を形にしたことで出会えたもう1つのライフワーク
石垣島での生活に満足していた斎藤さんだったが、1つだけ個人的な不満があった。それは斎藤さんのもう1つの趣味である「サウナ」が石垣島にはないことだった。(実際には厳密に言うと、大浴場のサウナを住民にも有料公開しているホテルが1つだけある)正社員でなくなり、時間にゆとりができた斎藤さんは「カメラの撮影」以外にもう1つの事業を始める。それが「プライベートサウナ事業」だ。観光客向けに、石垣島の自然の中でサウナに入り、そのまま海や川を「水風呂」として活用し「ととのい体験」を提供する。
そのために独自で「サウナトラック」を製作する必要があるため、クラウドファンディングで資金を募った結果、「南の島でのプライベートサウナ」という企画に惹かれ、全国のサウナーたちから100万円以上の資金が集まった。現在は観光客を中心に、石垣島での新しい自然の楽しみ方を提供している。
斎藤さんが経営するサウナトラック
サウナトラックを製作した動機について斎藤さんは「最初は自分が“石垣島の自然の中でサウナに入りたい!”という想いが一番でした。でもきっとサウナ好きな人は同じような気持ちなんじゃないかなと思って小さな事業にしてみようと思いました」と話している。
半減した給料を補うために自分にできること(Can)に着目して始めた星空カメラマンとしての仕事、そして「石垣島でサウナに入りたい!」というやりたいこと(Will)を形にすることで結果的に事業化されたサウナ事業。
どちらもMustだけに縛られることなく、WillとCanにも意識を向けたことで、「好きなこと、得意なことでお金も稼ぐ“ライフワーク”」と出会うこととなった。
「好きなことだったから、ここまで頑張れたと思います。好きではないことを中途半端にやっていたら自分の力は給料以上に半減していたはずです(笑)」
そう語る斎藤さんの力は、ライフワークを仕事にしたことできっと何倍にもなったのだろう。
<関連リンク>
・石垣島プライベートツアー「べた凪」
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