母の代わりに
その後、母が入院するたびに「父のおもちゃになった」とノリコさんは言う。そしてついに15歳のときレイプされた。「本気で抵抗しました。めちゃくちゃに暴れた。でも父はやめなかった。やめるどころか、『それなら妹を標的にする』と脅してきて。それで与するしかなかった。父に対して殺意が芽生えました。あのあと、よく普通に高校に通えていたなと自分でも思うんです。あのことと普段の生活は別だと、どこかでスイッチを切り替えていたのかもしれません」
大学進学のため上京するとき、父に「あんたがしたことは人として腐ってる。私に殺されなかっただけよかったと思え」と凄んで家を出た。それ以来、父には会っていない。なにも気づかずにすくすく育った妹によれば、「相変わらずお父さんとお母さんは仲がいい」そうだ。
「父のせいで男性不信になりました。恋愛なんかできないし、付き合おうと言われると、すぐに関係を壊しました。行きずりの男性と関係をもったことも数えきれません。常に虚しくて、生きている意味も見い出せなかった」
35歳で結婚「夫は私の秘密を知らない」
就職して、仕事がおもしろいと思えたのは幸いだった。私は仕事と結婚すると周囲にも公言していた。だが35歳のとき、ノリコさんは結婚した。今は一人娘の母として共働きで家庭を大切にしている。「夫は私の秘密を知りません。あれはもうなかったこととして処理したつもりです。もちろん、ときどき黒い塊が心の奥から頭をもたげることもある。でも押し込めています」
ただ、夫は彼女と実家、特に父親との間に確執があることはわかっているようだ。無理に聞こうとしないのが夫のいいところだと彼女は言う。
「娘が生まれたとき、少し怖かったのは本音です。夫が娘とどうにかなるなんて、考えただけでおかしくなりそうだった。
今になって思うのは、もしかしたら母は薄々気づいていたのではないかということ。証拠はありませんが、自分が入院して帰ってくるたびに夫と娘の関係が進展しているんですよ。わからないはずはないのでは、とも思うんです。
少なくとも上京してから私が一度も帰省していない事実を、母がどう思っているのか……。母とは東京で何度か会っていますが、なにも聞いてきません」
自分が母親になった今、考える「父の罪」
彼女から母に正すつもりはない。病を克服して、今は人生を楽しんでいる母に罪はない。だが、父には罪がある。父からのレイプを表沙汰にするつもりはないままにここまで過ごしてきたが、父本人に罪を償わせたい、謝罪させたい気持ちも出てきた。「あくまで私の場合ですが、父親が娘に、男であることを知らしめるような行為をすることに罪がある。娘でありながら、父親にとって女にもさせられるというのは、私のアイデンティティが揺らぎました。そういう人間の尊厳そのものに関わる行為なんだと父にはわかってほしい。私が全部バラしたら、たちまち一家崩壊だと思うと、なかなかそこまでする気にはなれませんが」
すでに20年以上、彼女は父と顔を合わせていない。それが父にとって痛手となっているか、あるいはホッとしているのかはわからない。父を好きだったからこそ、今もノリコさんの胸はときどき苦しくなる。