「健康保険料がとんでもないことに」も地雷だった
その後もノリコさんは、たまに会話に加わる程度の距離感を保っていた。あるとき他のママが「こんなに物価が高いときついわね」と言い出した。「健康保険料や税金がかなり引かれていて、うちも本当にきついなと思っているところだったので、うっかり『健康保険料がとんでもないことになってて』と愚痴ってしまったんです。
すると『高いというなら、自費診療でいいんじゃない?』という文言が。うち、共働きといっても決してふたりとも給料が高いわけじゃないんです。
ママ友の中には、夫がひとりでうちの世帯収入くらい稼いでいる人がいるんじゃないかと思う。なのに、なぜかうちが金持ちということに決めつけられてる。内情をぶちまけてしまおうかと思ったくらいですが、自費診療にすればいいという言葉には傷つきました。そういうことを言ってるんじゃないし、単なる愚痴なのに」
ストレスが渦巻く世間
誰かが何か言うと、「おまえが言うな」という風潮は強い。たとえば嘘をついている人が「嘘はいけないよね」と言えば、おまえが言うなになるだろうが、そうではない状態なのに「おまえが言うな」は幅を利かせている。「いったい、人は何にそんなに苛立っているんだろうと思いますよね。もちろん社会的正義から怒りたいことは山ほどある。社会にも政治にも文句をつけたいです、私も。だけどそういううっぷんがあっても、別に身近なママ友に向かって晴らそうとは思わない。
でも他の問題を抱えていて、それがストレスになって身近で発散って、わりとよくあるパターンでしょう。なんだかそういうのが信じられないんですよね。他に問題があるなら、それを解決すれば関係ない人に意地悪なことを言わないですむんじゃないかな、と」
ノリコさんの言うことは至極まっとうだ。いくらストレスを抱えていても無関係の他人に、うっぷんをぶつけるのは大人げない。だが、そんなストレスが渦を巻いているのが世間でもあるのだろう。今の時代、些細なことでのぶつかり合いが多すぎる。
「LINEの中では、今から『○○さんの家は夏休みに海外に行くらしい』なんていう話が飛び交っているようです。誰がどこへ行こうとどうでもいいのに……」
やっかみが飛び、マウントとりが行き交う。いつ抜けてもいいと思いながらも、ノリコさんは抜けた後に何を言われるかと思うとグループから去るのも案外難しいと、仕方なさそうな笑みを浮かべた。